134:本当の俺とは何なのでしょう




 圭との一件から、俺は少し考えるようになった。



 俺のために、家を捨てる覚悟までしてくれているのに、それに返せるだけのものを俺は持っているのだろうかと。


 圭のことだけではない。

 今はみんなみんな俺と一緒にいてくれて、信じてくれて、協力してくれている。

 でも俺はいまだに、演技をしたままだ。


 そうやって作った仲間が、本当の仲間だと言えるわけがない。



 俺はみんなのために、何を犠牲に出来るのだろう。

 その答えが出てこない。


 あと一年で、転入生がやってくる。

 俺は、きちんと対抗出来るとは到底思えなかった。



 このままで、いいのだろうか。

 ぐるぐると考えだしたら止められず、俺はある人物を呼び出した。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 生徒会役員になって便利なことは、学校を休みやすいということだ。

 一般の生徒だったら、授業を休むのに許可証を出さなくてはならないし、長期休み以外に外出しようものならよほどの理由が無ければ不可能である。


 でも生徒会役員は授業も免除されるし、仕事だと言えば外出することも出来てしまう。

 職権乱用と言われてしまうので、一応神楽坂さんには本当のことを話してある。

 いつも仕事を頑張っているからリフレッシュしておいでと、快く見送ってもらえて、俺は甘やかされているのを自覚しながら、学園の外に出た。




 呼び出した場所は、無難に喫茶店にした。

 落ち着いた雰囲気のそこは、少し前に偶然見つけてお気に入りとなった場所である。


 口ひげを蓄えたマスターは寡黙で客に対して一線を引いていて、プライベートな話をするのに適していた。


「ごめん。もしかして待った?」


 店の扉が開くベルの音で気づいていたけど、そちらに視線を向けなかったのは、ただの気まぐれだ。


 俺の座っている場所にまっすぐに来て、声をかけてきた相手に対し、俺はいつものように答えた。


「ううん。そこまで待っていないよ」


 その答えに安心した表情で、弟が俺の前の席に座った。


「それなら良かった。初めて来る場所だったから、少し迷っちゃって。何とか時間通りには来たけど、待たせたら申し訳なかったからさ」


 すっかり反抗期も無くなった弟は、軽く謝罪をすると、嬉しそうにメニューを広げながらコーヒーを頼む。


「コーヒー飲めるようになったんだ」


「まあね。こういうところに来た時は、コーヒーを頼むことが多いかな。紅茶はやっぱり、兄さんが淹れてくれたものの方が美味しいから」


「また今度、淹れるよ。ここのコーヒーは飲みやすいから、正嗣もきっと気に入ってくれるはず」


「本当? それは楽しみだな」


 コーヒーを待っている間、近況報告も兼ねた他愛のない話をする。


「そういえばブロンが、最近撫でさせてくれるようになったんだ」


「本当に? それはおめでとう。あのじゃじゃ馬を、とうとう手なずけることに成功したんだ」


「道のりは長かったけどね。あの地獄の鬼ごっこは、もう二度としたくないよ」


「ははっ。それは同意するよ」


 今のところ俺と御手洗にしか懐いていなかった、うさぎのブロンが弟にも懐いたというニュースに最初は驚いたけど、すぐに納得する。


 弟は優しいし、ブロンと仲良くなるために、毎日のように通っていたらしい。

 その姿に絆されて、ブロンも大人しく撫でられるようになったのだろう。


 とにかく仲良くなってくれたようで良かった。

 未だに庭を弾丸のように飛び回っているせいで、始めてみる人には妖怪の一種だと思われているそうなのだ。

 これをきっかけに、他の人にも慣れて欲しいものだけど。


「まあ、他の人になれるのは、まだまだ先かな」


「そうだね。俺と同じぐらい頑張らなきゃ、まだ難しいかも」


 それはまだ難しい話だ。


「……お待たせ致しました」


 話に区切りがついたタイミングで、マスターがコーヒーを弟の前に置く。

 店にいる時からコーヒーの香りはしたけど、さらに香りが強くなった。


「ありがとうございます」


「……ごゆっくり」


 弟の礼に、笑うことも無く一言だけ発すると、そのままカウンターに戻っていく。


「いい雰囲気のところだね…………うん。美味しい」


「そうだろう」


 コーヒーを一口飲んで口元を緩めた弟に、俺も嬉しくなる。


「それで、ここまで呼び出して何の話がしたかったの?」


 そろそろ本題に入らなくてはという時に、弟の方から話題を提供してくれて、気を利かせてくれたのだとありがたく思う。


「えーっと、あのね」


 俺は先に注文していたコーヒーのカップを、両手で包み込み、そっと息を吐いた。


「ちょっと相談したいことがあってさ」


 そう言えば、弟の目が見開く。


「兄さんが、俺に相談……」


「ご、めん。もしかして迷惑だった? それならいいんだけど」


 まさかそんな反応をされるとは思わず、俺はもしかして迷惑だったかと、発言を撤回しようとする。


「めめめ迷惑なんて、とんでもない! むしろ大歓迎だよ。ただちょっと驚いただけで」


「驚いた? どうして?」


「だって、こういう時、兄さんが頼りにするのは御手洗さんだと思ったから」


「ああ、そういえば……」


 そういえば今回、御手洗よりも先に弟の顔が浮かんでいた。

 俺の中の人間関係も、色々と変化しているのだと自覚した瞬間だった。





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