133:責められ、そして考えさせられます




 彗さんのお見合い相手だと思っていた人は、実際は圭の婚約者だった。

 途中でなんとなく気が付いていたけど、いざその事実を突きつけられると、衝撃を受けるものだ。


 俺は圭と彼女の顔を見比べて、そして圭の表情の恐ろしさに、顔が強ばってしまった。


「あ? 人の話を、きちんと聞いていなかったのかなー? どうして帝君が悪影響だって話になったの?」


「だって、そうではないですか? 圭さんは、この人のせいで家を出るとおっしゃっているのでしょう! この人がいなければ、そんな考えにならなかったはずですわ!」


 彼女の中で、俺は完全に悪者の烙印を押されたようだ。

 憎々しげに睨みつけられ、とりあえず口角を上げた。


「この顔をご覧になってください! こんな方が、圭さんの傍にいるかと思うと、心配で倒れてしまいそうです! しかも何ですの、この格好。頭もおかしいんじゃないですか」


 格好に関しては、完全に彗さんのせいなのだけど、言ったところで聞き入れてはくれないだろう。

 俺は女性の言葉を受け止めながら、どんどん隣の圭の雰囲気が恐ろしくなっているのを肌で感じる。


 むしろ視界に入っているはずの女性は、どうして気づいていないのだろう。

 鈍感なのか、俺に対する恨みが強すぎて、周りが見えていないのか。


 どちらにせよ、そろそろ。


「さっきから聞いていればさ、勝手すぎない? さすがに我慢の限界」


「け、圭さん?」


「帝君のことを悪影響だって言うけどさ。俺からしたら、あんたの方が悪影響なんだけど」


「……何をおっしゃって……」


 先程までの威勢の良さは、圭の言葉だけでしぼんでいく。

 顔は青ざめていて、信じられないといった表情を浮かべていた。


「婚約者って言ってもさー。別に親が勝手に決めたものだし、それに必ずしも結婚する強制力があるものでも無かったよね。何でもう妻気取りしているの?」


「でも、私は……」


「帝君を傷つけるつもりなら、あんたなんか」



「圭、ストップだ」


 このままでは、傷つける言葉を口にしてしまう。

 それを察知した俺は、圭が決定的なことを言う前に、ストップをかける。


「今は冷静に考えられていないだろう。そんな時に口にした言葉を、後で反省したって取り消せないことがある。勢いで言う前に、よく考えろ。何を言っても許されるほど、もう子供じゃないんだからな」


 圭とその婚約者との関係性について、俺が口を挟む問題ではない。

 でも勢いで言った言葉のせいで、人生を破滅した人を知っているから、慎重に考えて欲しかった。


「ごめん」


「そこは俺に謝るんじゃないだろう」


「……悪かった。俺達の今後については、また後で連絡する」


「……はい」


 俺の言葉で落ち着いてくれた圭は、女性に軽く頭を下げた。

 それに対し、顔色悪く頷いた彼女は、気分が悪いと言い残し部屋から出ていく。


 その後を、付き添いの女性が続けば、場には伊佐木家の人間だけになった。


「で? 俺が家を出るって言ったから、帝君を呼び出したんだよね。でもこれは最初から最後まで俺の意思だって分かっただろうし、帝君に謝ってくれない?」


 冷静にはなったけど、圭の怒りはまだ収まっていなかった。


「勘違いしているようだから、はっきりと言っておくけど。俺は後継ぎになれないから、家を出るわけじゃないし。帝君に何かを言われたからでもないよ」


「それじゃあ、何で急に?」


 衝撃的なことから回復した彗さんが、恐る恐るといった感じで尋ねる。


「それは、自分自身の力で帝君の隣に立つためだよ」


 その問いかけに対してごまかすかと思えば、はっきりと圭は言い切った。

 表情は真剣で、嘘でも冗談でも無いのが分かる。


「この家にいたままじゃ、俺はそれに甘えて、中途半端に日々を過ごす気がする。家が悪いんじゃなくて、俺が弱いから。だから逃げ道を無くして、がむしゃらにやりたいと思ったの。これは俺の問題なんだ。止められても、考え直すことはない」


 緩い口調ではなく、昔のような話し方。

 俺は懐かしさを感じながら、その言葉を聞く。


「一人前になれば、俺は自信を持って帝君と一緒にいられる。ずっと一緒にいたい。出来れば認めてもらいたいけど、どうせ無理でしょう。だから、それだけは分かってほしい」


 締めくくるように頭を下げた圭は、顔を上げると俺の方を見た。


「帰ろうかー、帝君。面倒なことに巻き込んだお詫びとして、美味しいものを食べに行こうー」


「ちょっと待って」


 そのまま帰ろうとしたのを、彗さんが止める。


「何? もう話は終わったでしょう」


「ごめん。勘違いして、嫌な気分にさせて」


 嫌そうな顔をしていた圭に、彗さんが頭を下げた。


「でも、これだけは分かってほしい。俺達は嫌がらせをしたくて、この場を設けたわけじゃない。圭が心配だったから、でもまあ結局は間違っていたわけだけどね。本当にごめん」


「……ごめんなさいね。圭ちゃん。一之宮君も」


「いえ。心配する気持ちも分かりますから。誤解が解けたのであれば、良かったです」


 彗さんに続き、圭の母親も謝ってくる。

 俺としては圭が来てくれただけで良かったから、特に怒りは無かった。


「今度、ちゃんと話をするから。今日は帰るね」


 圭はその謝罪を受け入れ、そして俺の手を取り、今度こそ立ち上がる。


「それじゃあねー」


 俺は抵抗せず、一緒に帰るために立つと軽く頭を下げた。


 ひらひらと手を振り、部屋から出ようとした圭の背中に向けて、今まで黙っていた圭の父親が一言だけ声をかける。


「……好きにしなさい」


 圭は返事をしなかったけど、その口元は笑みを浮かべた。




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