132:これは集中攻撃です




「もう一度聞くよ。圭に何をしたの?」


 まるで、圧迫面接をされているかのような気分だ。


 計5人からから向けられる鋭い視線は、俺の体を容赦なく突き刺してくる。

 ここには俺の敵しかいない。

 それでも圭の話だと言われてしまえば、帰ることも出来ず、負けないように睨みつけるしか無かった。


「……何もした覚えはない」


「そんなわけないよね。それなら何で、急に家を出るなんて言い出したんだ。君が何かをしたから、弟は変な考えを持った。生徒会室で会った時から、おかしいと思っていたんだよね。明らかに君に対して、弟の態度はおかしかった」


「おかしい? そんなわけないだろう」


「君に対して弟は、友達以上の感情を抱いている。それを利用して、弟を良くない道に引きずり込もうとしているんじゃないのか」


「何でそんなことが言える」


「君は人を従える立場だからね。圭を駒としてしか見ていなくて、利用しようとしているんでしょ」


 俺様演技をしているのは、物語上必要だと思ったからだ。

 でもその性格のせいで疑われているのであれば、この性格でいる意味なんてあるのだろうか。


 これは、負の感情の中に入ってしまった。

 自分でも分かったけど、一度入ったら抜けられなくなる。


「利用なんか、していない」


「どうだか。圭のことなんて、その他大勢のうちの一人としか見ていないでしょ。雑に扱っていない? 仲間に入れれば、それまでだと思っていない?」


「……そんなわけない」


 俺はどんどん、上手く言葉を発することが出来なくなっていた。


 本当に、圭のことをきちんと見ているだろうか。

 雑に扱っていないだろうか。


 生徒会に入ってから、圭ときちんと話をしたのはいつだろう。

 もう思い出せないぐらい、昔の話な気がする。


 こんなんだから、圭を利用しているなんて疑われてしまうのだ。



 俺は下唇を噛んで、そして反論をしようと、また口を開いた。

 でも口から出たのは、声ではなく空気だった。


 また過呼吸になる。

 そんな予兆を感じて、喉を手で押さえた。


 こんなところで、こんな格好で、無様な姿を見せられない。



 女装中に救急車に運ばれる事態になったら、さすがに父親だって俺を見捨てる。

 気力で持ちこたえようとしたけど、誰も味方がいない状況じゃ、気持ちが楽になるわけがない。


 喉が苦しくなってきて、俺はこの場から一旦去るために、立ち上がろうとした。





「ここで、何をしているのー?」



 その気の抜けた声に、一気に楽になるのを感じる。


「け、い?」


「やっほー」


 かすれた声で名前を呼べば、手を振って答えてくれる。


「……圭。何でここに?」


 俺は涙が出そうになりながら、もう一度名前を呼んだ。

 そうすれば、俺の肩にそっと手を置いて、いつものように緩く笑ってくれる。


「その格好も可愛いね。今度、ちゃんと見せてよ。俺だけにさ」


「……は。馬鹿……」


 軽口は、俺に更なる安心を与えてくれた。

 同じように軽口で返せば、優しく頭を撫でられる。


「来るのが遅くなってごめんね。使用人にどこでやっているのか聞きだすのに、だいぶ時間がかかっちゃってー」


 その手に身をゆだねていれば、くすくすと笑ってきた。


「何だ?」


「んー。まるで猫みたいだなあって思ったからー。可愛い」


「可愛いとか言うな。俺は可愛くない」


「帝君は可愛いよ。ずっとね。……だから、そんな帝君をいじめるのは、許せないなー」


 俺を撫でていた圭が、ぱっと表情を変えて、5人の顔を睨みつける。


「こんなところに帝君を呼び出して、何意味の分からないこと言っているの」


「だって、一之宮君のせいで、圭が家を出るって言うからさ。そそのかされたか、脅されたのかと思って」


「はー?」


 彗さんは、さすがお兄さんだからか、睨まれていても全く怯んでいない。

 悪い表情を浮かべたまま、俺を非難する言葉を口にし続ける。


「だって、家を出る意味なんて無いだろう。それなのに家を出たいって、急に口にする方がおかしいんだ」


「なんで、そこで帝君のせいにするかな。だから父さんも母さんも、それにあんた達もここに集まったってわけ?」


 圭の睨みつける先には、きれいな女性の姿があった。

 どうやら、彼女とは知り合いらしい。


 圭が来た時から、彼女の顔が輝いていたのには気がついていたけど、完全に無視されていた。

 その様子に、いやな感じがビシビシと伝わってくる。


「私は、圭さんがおかしいと言われて。その原因を知りたくて、今日は来ました。でも本当ですね。この人のせいで、圭さんはおかしくなってしまったのでしょう」


「は?」


 俺に対して敵意ビシビシなのは、この中で一番だった。


「この人に毒されすぎですわ。圭さんにとって悪影響でしかございません。即刻、学園を転校するべきですし、この人とは関わるのを止めた方がよろしいかと」


「……そんなこと言われる義理は無い」


「何を言っているのですか。圭さん。私とあなたは将来結婚する、婚約者という間柄ですよ。あなたの悪影響になるものを、排除するのは当たり前のことですわ」


 それも、婚約者という立ち位置ならば、当然のことである。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る