128:さて、あなたはどこの誰でしょう




 うさぎの名前は、ブロンと名付けられた。


 そのままどこかに引き渡してもよかったのだけど、御手洗が面倒を見るからと、一之宮家で飼う流れになり、2人で相談して名前を付けた。

 少し言っただけで飼うことを許可されたから、一之宮家の中での御手洗の立ち位置は、結構高いところにあるのが今回で分かった。


 俺は学園に帰らなきゃいけないから面倒を見られない。

 それを理解してか、時折動画が送られてくる。

 でもその全てが、残像ばかりだから元気にやっているようで何よりだ。


 父親も弟も可愛がってくれているようで、大量のにんじんのストックが置かれるようになったらしい。





 さて、学園に戻ってきた俺だったのだが、少し困ったことになっていた。


「えっと……」


 目の前で顔を輝かせている人を、俺は知らない。

 名前も顔も何でここにいるのかも。


 生徒会室で仕事をしていたら、急に扉が開いて入ってきた。

 ちょうど他のみんなが用事でいない時だったので、俺一人しかいなかった。


 それがいいことだったのか、悪いことだったのか、今はまだ判断出来ない。


「何しに来た?」


 部屋に入ってきてから何も言おうとしないその生徒は、顔をまだ知らないということは新入生なのだろう。


 でもわざわざ生徒会室に来るとは。

 勇気があるのか無謀なのか、それともただの馬鹿なのか。


 その全部だとしたら、かなり面倒くさい。

 早く誰か帰ってきてくれないかと思いながら、無視するのは良くないので、恐る恐る聞いてみたのだけど。


 ただただ笑っているだけで、何の答えも返ってこない。

 その態度が面倒くさいと、誰かを呼ぼうと考えたところで、俺は今更なことに気が付いた。


「……お前、どうやってここに入った?」


 生徒会室に入れるのは、専用のカードキーを持った生徒会役員、風紀委員、理事長、職員の一部だけである。

 部外者が入れるわけがないのを、完全に忘れていた。


「んふふ」


 俺の問いかけに初めて声を出したけど、この状況を説明するわけではなかった。

 これはもしかしたら、不審者なのかもしれない。

 気づくのが遅いと自分でも思うけど、今まで誰も侵入したことが無かったから、その事実を完全に忘れていた。


 実はこういう時のために、緊急用のスイッチが隠されているのだが、押すとかなりの大事になる。

 だから、敵かどうか判断出来てから押すべきだろう。


 それなのにふざけた態度をとられるので、その判断が出来そうになかった。


「あんまりふざけたことをするんじゃねえ。何が目的なのか、はっきり言えよ」


「ふふ」


 挑発しても態度は変わらないし、楽しそうにしている。

 今のところ害を与えそうな感じはしないから、スイッチには手を伸ばしていない。


 なんだかその顔に、どこか見覚えがあるような、変な感じがした。

 絶対に知らない人のはずなのに、どうして見覚えがあるのだろうか。


 不思議な気分になりながら見つめあっていると、扉の外が騒がしくなった。

 こちらに向かって走ってくる音。

 まあ入れる人は限られているから、俺にとっては救いになるはずだ。


「帝君! 大丈夫?」


 扉を開けて入ってきたのは、圭だった。

 いつになく取り乱していて、そして俺と前にいる見知らぬ男を視界に入れると、その顔は驚きに染まる。


「何でここにいるの! 兄ちゃん!」


「あはは、圭。久しぶり。元気にしてた?」


「は……にい、ちゃん?」


 だから見たことがあると感じたのか。

 俺の頭の中で、圭と目の前の男の緩い笑みが重なった。

 兄弟なら似ていて当然だ。


「それにしても、随分と若いな。新入生かと思った」


 圭に向かってひらひらと手を振る圭の兄は、どこから調達したのか制服をきちんと来ていて、そのせいで新入生かと思ってしまった。


「あはは。よく言われる。こう見えても、三十路なんだけどね」


「はあ!? 詐欺だろ!」


 どう見ても成人していない顔をしているのに、三十路というのは人魚の肉でも食べたんじゃないのか。


「どうもどうも。うちの三男坊がお世話になっています。伊佐木いさきすいです。よろしくね」


 学生と間違えられたことが嬉しかったのか、ノリノリ顔の横でピースをしながら、ようやく自己紹介をしてくれる。


「伊佐木、彗か」


 その名前は聞き覚えがあったし、圭の兄と知った時点でなんとなくの予想が出来た。


 伊佐木家の跡取りである伊佐木いさきえんとは、パーティで何度か挨拶をしたことがあった。

 その時に、放浪癖のある次男について、少しだけ話は聞いていた。


 相続権を早々に放棄し世界中を駆け回っていて、パーティにも一度も出たことが無く、姿を知っている人はほとんどいなかった。

 俺もそうで、この人とはこれが初めましてである。


「兄ちゃん、ここに何しに来たの?」


 確かにわざわざ制服を着てまで、ここに来たのには、よほどの用事があるのだろう。


 圭の問いかけにくふくふと楽しそうに笑った彗さんは、いきなり俺のことを指して、高らかに宣言した。


「この子、気に入った! 俺のお嫁さんにする!」


「は?」


「はああああ!?」


 俺以上に叫んだ圭の叫び声に、緊急事態だと判断した美羽達が走ってきて彗さんを発見し、さらなる騒ぎになった。

 それをなだめる方に時間がかかってしまったせいで、俺はきちんと言葉の意味を理解する余裕が無かった。




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