127:うさぎ捕獲大作戦と、御手洗とのイベント?
「こら! 待て!」
「うおっ!」
「嘘だろ! 何でバク宙するんだ! うさぎじゃないだろ! 中身、何入っているんだ!」
これは全部、うさぎを捕まえようとした俺の叫びである。
本当にうさぎなのかと思うぐらい、俊敏な動きに翻弄されて、俺はプライドも何もかなぐり捨てて走り回っていた。
白い弾丸と名付けた方がよさそうなうさぎは、その姿を見る人がいなかったのを納得するぐらい素早い。
「ど、んな、体力しているんだ。これ、捕まえるとか無理だろ」
俺は息を切らしながら、いったん休憩する。
もう十分ぐらい走り回っているけど、全く捕まえる気がしない。
「お坊ちゃま頑張ってください。ほらほら、そっちに行きましたよ」
「ちょっとは手伝って! 何で普通に立ったままなんだよ!」
俺は必死にうさぎを捕まえようとしているのに、御手洗はと言うと、見守るだけで何もしてくれない。
俺の心の底からの叫びは、御手洗には全く効いていなかった。
「全くお坊ちゃまは、人に頼りすぎですよ。自分で解決することも覚えなくては」
「いやいや。今回は助けてくれたっていいよね!」
助けてくれる気配が無いのが分かり、俺は自分で解決するためにポケットを探る。
ポケットの中には、まだ御手洗からもらったにんじんが入っていた。
これを使って確保してやる。
本気になった俺は、視界の端で飛び跳ねているうさぎと、御手洗の位置を確認する。
こうなれば、もうやけだった。
「うさぎ! こっちだ!」
俺は持っていたにんじんを、御手洗に向かって投げる。
それは狙い通りに御手洗の胸辺りめがけて飛び、そしてそのにんじんを食べるためにうさぎが突進した。
俺よりも早く御手洗の胸に飛び込んだうさぎを、逃がさないように体全体を使って阻止する。
つまりは俺は、御手洗を抱きしめる格好になった。
網を持ってくることも考えたけど、そうやって捕まえるのも可哀想だろう。
そう思ってのことだったが、むしろこっちの方が潰してしまうか。
でも今更考えても、もう遅い。
俺は御手洗に勢いよく抱き着きながら、胸のうさぎをつぶさない加減に気を付けて捕まえる。
少しだけ暴れられそうになったけど、頭を撫でてにんじんをあげれば、小さく鳴いて大人しくなってくれた。
その後は今までのことが嘘かのように、腕の中でにんじんを食べ始める。
「ん、いい子」
鼻をひくひくさせて目を細めている姿は可愛らしく、あそこまで苦労させられたことを帳消ししてくれた。
「お、坊ちゃま」
うさぎと遊んでいれば、御手洗が変な声で呼んでくる。
珍しく声が上ずっていて、俺は不思議に思いながら顔を向けた。
「……あ」
顔が、とてつもなく近い。
あともう少しで触れそうな距離。
抱きしめたらそうなるのは当たり前のことだし、抱き着いたままだったのはおかしいのだろう。
でも全く、違和感も不快感も無かったから、こうなるまで気が付いていなかった。
「ご、ごめん。捕まえるのに夢中で、本当ごめん」
うさぎを抱えながら、慌てて離れる。
顔が熱い。
うさぎというワンクッションがあったけど、今まで御手洗に抱きついていたのだ。
ここがあまり人が来ないところで良かった。
もしも抱きついている姿を見られていたら、騒ぎになるのは確実で、最悪の場合は御手洗のクビが飛んだ。
急いで動いたせいで、落ち着かなくなったのか暴れだしたうさぎをなだめつつ、何回も謝罪をする。
手伝ってくれなかった仕返しとはいえ、軽率な行動だった。
これで御手洗に何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。
「い、え。無事にうさぎを捕まえましたから。お怪我はございませんか?」
「全然してないよ。むしろ今ので怪我をしていたら、ひ弱すぎるでしょ。それよりも御手洗は痛くなかった? 勢いは殺したけど、かなりの力でぶつかっちゃったから」
「そこまで強くありませんでしたから。心配なさらないでください」
いまだにいつもの感じと違うのは、御手洗もこの状況を危険だと思ったのかもしれない。
俺はまだ謝罪が足りないと、うさぎを撫でるのを一旦やめて、視線を合わせて謝罪することにした。
「御手洗……大丈夫? 顔がすごく赤い。もしかして熱があったの? それならそうと、早く言ってくれなきゃ!」
俺の顔も相当だっただろうけど、御手洗の顔の赤さは病気を心配するレベルだった。
もしかして体調が悪くて、うさぎを捕まえるのも出来なかったのか。
「いえ。そういうわけでは、気になさらないでください。すぐ落ち着きますので」
俺と目を合わさず、顔を赤く染めている御手洗は、どう見ても大丈夫そうではない。
顔に手を当てて、隠そうとしている姿に、なんだか俺もつられてまた顔に熱が集まってしまう。
お互いに顔を赤くさせながら照れている様子を、俺の腕の中にいるうさぎが見上げ、鼻を鳴らした。
それが何を意味するのかは知らないけど、その表情は俺達のことを馬鹿にしているように感じた。
何と名前を付ければいいのかはまだ知らないけど、この心臓の高鳴りは嫌なものではなかった。
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