126:ゆったりティータイム……?





 紅茶のいい香りが、部屋の中を充満する。

 俺は自分の分の紅茶を飲んで、最高の出来だと心の中で自画自賛する。


「さすがだな」


「御手洗さんより美味しいんじゃないかな」


「いや、それは無いでしょ。御手洗が一番だ」


「……確か御手洗が教えたんだったな。今は正嗣についていたはずだが、教わっていないのか?」


「俺はこういう繊細なことは、兄さんとは違って無理だから。分かっているでしょ」


「まあ、そうだな」


 ぎこちなさが多少はあるけど、親子の会話らしい感じがする。

 こうして時間を気にせずに話すのは、もしかしたら初めてのことじゃないだろうか。


 多忙な父親に、反抗期だった弟、俺も学園のことで手一杯だったので、こちらまで手を回す余裕が無かった。


 でも、2人の好感度だって、これから先重要になってくる。

 そういった計算も入っていると知ったら、俺のことをいやらしい人間だと思うのだろうか。


「どうした? 浮かない顔をして」


 表情に出てしまったのか、父親に言われて慌てて取り繕おうとしたが、指摘された時点で遅かった。


「どうしたの? 兄さん。やっぱり学校で嫌なことでもあったの?」


「そ、ういうわけじゃないって」


 弟まで俺に注目してしまい、もう気のせいだとごまかすことが出来なくなった。


「こんな風に話していると、家族なんだなって思っただけ」


 本音を混ぜたのは、気まぐれだった。

 どんな反応が返ってくるのか怖いとも思ったけど、それ以上に興味があった。


「何を言っているんだ」


「そうだよ」


 そしてその言葉は、俺の胸の中に突き刺さる。


「当たり前だろう」


「生まれた時から家族なんだからさ」


 最近のみんなは、俺の喜ぶ言葉ばかり与えてくれる。

 それが嬉しいけど、同時に怖くもなる。

 温かさを知ってしまったら、取り上げられた時に壊れてしまいそうだ。


「そうだよね。変なことを言った。なんか疲れていたのかな」


「生徒会長に選ばれたのはいいが、仕事のし過ぎで体を壊すのは意味が無い」


「そうだよ。兄さんは真面目だから。ちゃんと息抜きして、無理はしちゃ駄目だからね」


「分かっているって」




 もしも神様がいるのなら、願いを聞いてください。

 俺から何も奪わないでください。

 ちゃんと仕事もするし、人に迷惑をかけたり傷つけたりしないし、悪いことは絶対にしませんから。


 全員に好かれなくてもいい。

 でも俺が好きな人が、俺を嫌いになるなんてことがないようにしてください。


 どうかお願いします。


「……ちゃんと分かっているって」


 いるかどうかも分からない神様に祈りながら、今度こそ俺は表情に出すことなく、完璧に笑った。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





「……お坊ちゃま」


「ん、御手洗。こんなところで何しているんだ?」


「私は仕事です。ここの辺りに、最近動物が紛れ込んだという話が出ていまして。まさかお坊ちゃまだとは思いませんでした」


「マジか……迷子の動物扱いされているんだ」


 あれから表面上は穏やかに、家族団らんのティータイムは進み、区切りのいい所で終わりになった。

 まだまだ続ける気満々だった2人を、部下の人と使用人が回収しに来たのだ。

 やはり仕事もあったし、学校も通常通りあったらしい。


 残された俺は帰ろうかと思ったけど、夕食は一緒に食べようと約束されたので、それまで待っていることになった。


 部屋か秘密部屋にいても良かったのだが、外の空気を吸いたくて、屋敷の庭のあまり人が近寄らない場所に来ていた。


 柔らかな空気が頬を触れ、ちょうどいい気温のせいか、眠気に襲われて寝そうになる直前に御手洗が現れた。


 こんなところにいる俺に何を言うのかと身構えていれば、まさかの野良動物扱い。

 逆にそれで気が抜けて、俺は笑顔を浮かべられるようになった。


「動物って何の動物?」


「目撃証言によると、白いうさぎとのことです」


「絶対俺じゃないじゃん。そんな可愛い子がいるのなら、見てみたいな」


「警戒心が強いですからね。今のところ触ったことはおろか、近くで姿を見た者すらいません」


「それ、本当にいるのか。ゴミ袋とかと間違えたとか」


「そちらの可能性の方が低いかと。一人ではなく、多くの者が見ているので、本当にいると思われます」


 イマジナリーラビットの可能性も高いと指摘してみたけど、完全に否定されたので、これは姿を見なくてはと目的が増えてしまう。


「何を持ってきたの。おびき寄せるために、餌とか持ってきたでしょ。見せて見せて」


 御手洗がここに来たということは、そのうさぎをどうにかするのだろう。

 もしかしたら捕まえるかもしれないから、見るとしたら今日しかチャンスが無い。

 その可愛いうさぎを見て、少しぐらい癒されれば学園に帰ってからも、また頑張れるだろう。


「ありきたりかもしれませんが、にんじんを持ってまいりました。これでおびき寄せなければ……網でも持ってきた方がよろしいでしょうか」


「それは可哀想だからね。にんじんで出てくることを祈ろう」


 懐からにんじんを取り出した御手洗は、にんじんを持っているのに格好いい。


「うさぎー。うさうさー。でてこーい」


 スティック状に切られているにんじんを受け取ると、俺はしゃがみ込み地面に向けて揺らしながら、うさぎを呼ぶ。


「はは。こんなんで呼べるわけ……うおっ」


 こんなことで姿を見せるわけない。

 そう思って笑っていたら、にんじんが勢いよくかすめ取られた。


 あまりにも早すぎて残像しか見えなかったけど、白い色で正体は予想できた。

 俺が思っているよりも、うさぎは可愛いものではないのかもしれない。




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