125:俺にしか解決できない問題
「マジで勘弁してくれ……」
屋敷に入ると、暗いオーラをまとった父親と弟が待っていた。
2人のいる部屋は空気がどんよりとしていて、入りがたかったけど、逃げても何の解決にもならない。
「……ただいま帰りました。何があったのですか?」
声をかけると2人とも勢いよくこちらを振り向いてきたので、驚きから一瞬肩がはねてしまった。
「帝!」
「兄さん!」
「「意識を失ったと聞いたけど、大丈夫か!?」」
瞬間移動のようにすぐに近づいてきて、そして息ぴったりに俺の体を探り出す。
「だ、大丈夫ですから。2人とも! 怪我とかしていないし、元気になりましたから! 全然平気ですから! へへへ変なところ触らないでください! 止めて!」
必死なせいなのか、かなりきわどいところまで触られて、俺は恥をかなぐり捨てて、まるで女子のように叫んでしまった。
さすがに離れてくれたので、俺は襲われた小娘のように、自分自身の体を抱きしめながら、その場にうずくまる。
「す、すまない。意識を失ったと聞いて、心配になったんだ。本当に大丈夫なのか?」
「兄さんは繊細だから、大丈夫だと連絡をもらっていたけど、心配だったんだ。もしかしたら深刻な病気にでもなったのかもしれないって」
2人して叱られた犬のように、しょんぼりと頭を落とすから、俺も責めることが出来なかった。
それに心配してくれたということだから、嬉しさもある。
「もしかして、緊急事態って俺を呼び寄せるための嘘だったの?」
「う、しかしな、心配だから顔を見せてくれと言って、素直に来てくれたか?」
「そ、れは」
確かに普通に顔を見せに来いと言われても、すぐに来たかどうかは微妙なところだ。
今は生徒会の仕事もあるし、なんだかんだといって電話をするだけにとどめたかもしれない。
「兄さん、生徒会に入ったんでしょ? だから長期休みぐらいでしか家に帰ってこないと思って。それが駄目なわけじゃないけど、やっぱり顔を見たくなるから」
「でも、こんな形で呼び出すのは良くなかったな。仕事を放り出してきたんだろう? すまなかった」
そこまで反省されてしまうと、俺も最近顔を見せなかった自覚があるので、申し訳なくなってしまう。
「いや。仕事に慣れてきて落ち着いてきたから、俺一人が抜けたところで、少しぐらいなら大丈夫だけど」
結局、新入生歓迎会は鬼ごっこではなく、ランダムでグループを作り時間を決めて交代して話をする、婚活パーティーのシステムようなことをすることになった。
盛り上がりには欠けるかもしれないけど、その方が顔を覚えやすいし、来年の盛り上がりのために尊い犠牲になってくれるだろう。
俺のわがままを聞いてくれて、考えてくれたみんなには、頭を何度下げても足りない。
でも、実際にしようとしたら止められてしまった。
みんなが納得することをやるのが一番、そう言って笑った姿は、頼もしくて格好良かった。
本人達には言えなかったけど。
そういうわけでやることも決まり、会場や備品、軽食などの手配はすんでいるので、少しの時間であれば俺が抜けても大丈夫なはずである。
「今日一日ぐらいなら大丈夫。またしばらくは来られなくなると思うから、連絡入れて今日はゆっくりするよ」
たまには、家族でゆっくりする時間も必要だろう。
今度はいつ会えるか分からないし、俺が帰ってきたとしても、父親や弟が暇とは限らない。
現に今日こうして3人が揃うのは、1年ぶりだ。
それぞれとは会っていたし、こまめに連絡をとっていたから、気まずいということは無い。
久しぶりにみんながこうして揃ったのだから、家族団欒の時間を過ごすのも悪くない。
「あ、でもお父様と正嗣は忙しい? それなら別に無理しなくても、無事なのは分かっただろうし帰るけど」
でも俺が暇だとしても、2人が暇とは限らないか。
むしろ父親は忙しいだろうし、弟も今日は学校だと思うのだけど、何故ここにいるのだろう。
俺のために集まったのだとしたら、ものすごく申し訳ないので、早めに解散でもいいのだけど。
「今日は特に仕事も無いから、もちろんゆっくり出来る」
「え、そんな日あるの……?」
「俺も学校が創立記念日になったから、今日一日一緒にいられるよ」
「そっか。……ん? なった? なったってなんだ」
なんか引っかかる言い方だったけど、一緒にいられるのは嬉しい。
「それじゃあ、紅茶を淹れようか。いっぱい話したいことがあるし、いっぱい話も聞きたい」
テンションが上がってきて、俺は言われてもないのに紅茶を淹れる準備を始めた。
「……兄さん手伝うよ」
弟が隣りに来て、カップを出してくれる。
それは俺の好みの柄だったので、さらに嬉しくなって、頬の緩みが止まらなかった。
「お父様はダージリンで、正嗣はミルクティーがいいよね。アッサムにしようか」
「兄さんが淹れてくれるなら、何でも嬉しい。お父様もそうだろうし、たぶん昆布茶でも何も言わずに飲むと思うよ」
「それはさすがにないでしょ」
こうして3人で話せるなんて、昔だったら考えられなかった。
いまだに父親は怖いと思う時はあるし、弟がいつまた反抗期に戻るかは分からない。
だからこそ、いまこの時間を楽しもうと、俺はことさら丁寧に紅茶を淹れるよう集中した。
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