123:不安にさせない大作戦




 俺が不安になったから、その不安を取り除く。


 そんな宣言をされた次の日、俺を待っていたのは、キャパシティを超える出来事だった。





「は? ……んだこれ」


 生徒会室に行ったら、誰もいなかった。

 でも俺の机の上に手紙が残されていて、そこには屋上にくるように書かれていた。


 何をする気なのかと思いながらも屋上に行けば、そこには全員集合していた。

 美羽、匠、朝陽、夕陽、圭、仁王頭、宗人。


「……リンチでもする気か?」


 そういう感想が出てきたのは、全員の顔が鬼気迫るような表情を浮かべていたせいだ。


「あーっと、おはよう?」


 挨拶で場を和まそうとしたけど、誰も何も言ってくれない。

 まあ、きっと美羽に全て教えられたのだろう。

 俺の変な行動の理由、昨日の過呼吸、包み隠さず話しただろうから、俺の痴態は余すことなく伝えられたわけだ。


 そのことに顔も合わせられないと逃げればいいのか、それを期待しているのなら、お望みどおりに逃げるのだけど。

 そうした瞬間に、全力の鬼ごっこが始まりそうなので、さすがに後ろの扉は閉めておいた。


 鬼ごっこを拒否した結果こんなことになったのに、鬼ごっこを今するのは意味が分からなくなる。

 俺は気づかれない角度で笑うと、緊張で震える手を押さえながら、気にしていない風を装って近づいた。


「みんなおそろいで、何をしているんだ?」


 俺は首の後ろをかきながら近づこうとするが、2メートルぐらい手前で、手で制止された。


「そこで止まってください」


 そう言われてしまったら止まるしかないので、俺はそこで大人しく立ち止まると相手の出方を待った。

 俺を不安にさせないと言っていたけど、全員を集めて何をしてくれるつもりなのか。


 少しの期待も持ちながら待つと、まずは美羽が近づいてきた。


「ど、どうした?」


「帝。私は初めて会った時から、あなたに救われました。上手く笑うことが出来なくて、でも家のためにきちんと笑うしかなくて。そんな私を楽にしてくれたのは、帝です。その日から私は、あなたの傍にいて支えると決めました。あなたが嫌がっても、離れるわけがありません」


 俺の手を取った美羽は、そのまま手の甲に唇をつける。

 柔らかな感触に、俺は手の甲から電流を流されたような気分になった。


「な、な」


「はいはい、どいたどいた。次は俺の番だ」


「分かっていますよ。でも余韻にひたるぐらいいいでしょう」


「そんなんしてたら、放課後になっちまうだろ」


 俺が何も言えないでいると、美羽を押しのけて今度は匠が前に出てきた。


「最初に見た時から、ずっと気になっていた。でもガキだったから、感情の種類が分からなくて八つ当たりした時もあったよな。でもそんな俺にも、帝は優しかったな。俺は傍で支えるよりも、肩を並べてライバルと一緒にいたい。帝以上に俺をワクワクさせる奴は、他にいねえ。離れるわけがねえだろう」


「お、おう」


 顔を近づけてきて様子を窺っていたら、喉に唇が触れた。

 リップ音が鳴り、俺はまたぞくぞくとした電流が流れて、蚊を叩くかのように喉を押さえる。


「もー! たっくん!」


「ずるーい!」


「ちっ、少しぐらいいいだろう」


「「だめー! 次は僕達の番なんだから!」」


 ここまで来たら、俺でも分かる。

 この恥ずかしい状況が、全員やるまで終わらないということを。

 ものすごく逃げたいが、終わるまでは放してもらえないのだろう。


 両脇を朝陽と夕陽に固められて、逃がさないとばかりに腕を掴まれる。


「僕達は2人でいられればいいと思っていたんだ」


「誰も僕達のことなんか見分けてくれないし、別々に人間だとも思ってくれないし、双子だからって邪魔しちゃいけないなんて勝手に思う」


「寂しかった」


「辛かった」


「「でも誰にも何も言えなかった」」


「そんな時にみかみかが僕達を見分けてくれて」


「一緒にいるって言ってくれて」


「「すっごく嬉しかった」」


「こんな風だから真剣じゃないと思うかもしれないけどね」


「みかみかと、ずっと一緒にいたい」


「「これからもよろしくね」」


 今度は頬に唇。しかも両脇。

 さすがに少しは慣れてきたけど、それでもぞくぞくとした気分にはなってしまう。


「はい、次は俺の番。どいてどいてー」


 朝陽と夕陽を雑にどかした圭が、俺の前に立つ。


「俺は目立ちたくなかったんだ。どうせ家は継げないし、兄ちゃん達の方が優秀でいつも比べられてー。そんなん卑屈になるに決まっているじゃん。でもさ、そんな俺のことを帝は褒めてくれたよねー。あんなに褒められたのは初めてだったー。親だって、あんなに褒めてくれなかったんだよー。そんなの嬉しいに決まっているじゃーん。そんな帝君をー、裏切るなんてありえないしー」


 緩い笑みを浮かべながら近づいてきた圭は、俺の顔に顔を寄せた。

 ついに口にされるかと思い目を閉じれば、まぶたにキスを落とされた。


「今はまだ、ね」


 目を開ければいたずらっ子のような表情で唇に指を当てて、軽やかに後ろに下がる。

 そして代わりに仁王頭が来た。


「……俺は……家があんなんだから……誰とも関わらず……学園にも無理やり通わされて……退学してもいいと思っていた。……でも、俺の家のことを知っているのに……つきまとうって言われて……嬉しかった。……俺も、一緒にいたい……」


 ゆっくりと自分の気持ちを伝えてくると、俺の髪をひと房とり唇で触れた。

 それはそれで恥ずかしくて、口元を押さえてしまう。


「最後は俺の番だね」


 笑顔で近づいてくる宗人君は、一番のマシンガントークなので、俺は少し身構えた。


「…………俺を覚えていて、見つけてくれて、ありがとう……」


 でもいつものようにまくしたてることなく、それだけ言うと、俺の手を掴み手のひらに唇をつけた。



「うぐ……」



 もう限界だった。

 あまりの展開に、完全にキャパシティが超えた俺は、変な声を出しながら意識を飛ばす。


 そんな俺に手を伸ばすみんなの姿を最後に視界に映しながら、俺の心は今までにないぐらいに満足していた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る