122:少しだけ弱みを見せても、離れませんか?




「それで、一体何があったのですか?」


 空いている教室で話をしていたから、紅茶を淹れて一息つく、ということは出来なかった。

 でもそれを見越してなのか、たまたまなのか、美羽が3人分のお茶を買っていた。


 ありがたくお茶を飲みながらも、どうして3本もお茶を持っていたのかと不思議に思う。

 誰かと会う予定だったのか。

 そしてその誰かとは、雅楽代元会長なのか。

 何で、美羽が雅楽代元会長に会う必要がある?


 まだちゃんと頭が回らないせいで、上手く考えがまとまらない。

 空気を取り込もうと、いつもより早く呼吸をするけど、思考の方はまだ機能してくれ無さそうだ。


 俺は話が出来なくて、はふはふと口を開けたり閉じたりする。


「まだ落ち着いていないみたいですね。話を聞けそうにありませんね、この状態では」


「そうは言われても。俺もちゃんと理由を分かっているわけじゃないからね。でも、たぶんだけど……」


 そこで何故か雅楽代元会長は美羽に近づき、耳元で囁く。

 そのせいで俺には、何を言ったのか聞こえなかった。


「俺は邪魔だろうし、後は若い2人で……というわけだから、俺は行くね。怪我だけはさせないように」


「ちょっと……ま」


 雅楽代元会長は美羽に言い残すと、そのまま部屋から出ていってしまう。

 俺は慌てて引き留めようとしたが、行動が遅れた。


 まだ美羽と2人きりにされるのは気まずい。

 でも俺のそんな気持ちを、誰も気にしてはくれなかった。

 むしろ、わざと2人きりにしたのだろう。


「……帝、話すことは出来そう?」


 俺を心配するように、美羽は俺の頬にそっと触れる。

 慈しんでいるようにも見えて、恥ずかしくもなった。


「大丈夫だ。心配するな」


「心配するよ……心配するに決まっているじゃん。雅楽代さんに話をした方がいいって呼ばれたかと思ったら、帝が苦しそうにうずくまっていたんだよ?」


「少し、色々あっただけだ。そんなに深刻なことじゃない。気にするな」


「気にする。教えて。……雅楽代さんが言ってたように……僕達が見捨てると思って……まさかそう言われたから…………あんな風になったの?」


「ち、がう」


 やはり、バレていたか。

 雅楽代元会長の目はごまかせない。

 隠し通せるとも思ってはいなかったけど、そこは言わないで欲しかった。


 俺は目を逸らして否定したが、それで納得するわけもなく。


「あんなになるほど、僕達の存在が帝の中で大きいのは嬉しい。でも……でも」


 美羽は下を向いて、プルプルと震え出す。

 これは、怒る時の前触れだ。

 俺は逃げ出したくなるが、火に油を注ぐだけなので我慢した。


「僕達は、絶対にあなたを見捨てることはありません!」


 大爆発。

 そんな言葉がぴったりなぐらい、美羽の声は大きかった。

 間近で聞いたせいで耳鳴りがしたけど、それもすぐに回復する。


「なんで見捨てると思った! どうして怖がっているの! そんなことありえないと笑い飛ばせばいい!」


 胸ぐらをつかまれ、何度も揺らしてくる美羽の顔は、真剣で必死で大きな怒りにあふれていた。


「どうしてそんなに弱い姿を見せるんだ! 帝は自分の足で立って、いつの間にか俺様になって、自信満々で、でも魅力的で! 色々な人に好かれている! どうして見捨てられると思ったんだ! 答えろ!」


 そんなに揺すられたら、答えられるものも答えられない。

 でも指摘も出来ず、俺は満足するまでされるがままになっていると、ようやく止められた。

 冷静になって、俺がこのままでは話せないと気がついてくれたようだ。


「……何故なのか教えて。もしかして、新入生歓迎会の件もそういった理由があるの?」


 なかなか鋭い。

 触れられたくなかったところまで予想されてしまい、俺はごまかすか少しだけ考えて。


「……そう、かもな」


 本当のことを話すことにした。

 嘘で塗り固めても誤魔化されないだろうし、また怒らせてしまう。

 でも全部ではなく、一部分だけだ。


「最近、夢見が悪くて……悪夢を見る。笑い飛ばせばいいのかもしれねえが、妙にリアルなんだ」


「その夢で僕達が帝を見捨てるの」


「そうだな……」


 本当は夢じゃなくて物語の中でだけど、それを言ったら頭の心配をされそうなのでやめておく。

 夢というのだって、無理やりだと自分でも思うぐらいなのだ。

 呆れられる可能性だってある。


「なんで鬼ごっこを、あんなに嫌がったの。それも夢のせい?」


 とりあえずは、夢の話を


「そうだ。でも大人げなかったのは悪かった。所詮は夢だからな。敏感になりすぎた」


「でもあんなにも、帝らしくなく取り乱すぐらいだ。その夢を、ただの夢だと笑い飛ばせなかったんでしょ。もしかしたら夢と同じように、僕達が見捨てると不安になったんでしょ」


 もう何も言えなかった。

 俺様だったらここで、不安になっていないただの気のせいだ。誰にもこのことは話すなよ。

 このぐらいのことを言うはずだ。


 でも現実の俺は何も口に出来ず、美羽から視線をそらした。


「そう。帝の考えは、よーく分かった」


「……美羽?」


 次に何を言われるのだろう。

 覚悟して待っていると、美羽が勢いよく立ち上がり、俺を指さした。


「これから、不安にさせないようにする作戦を決行するから! 覚悟して!」


「……は、はあ……?」


 あまりにも突拍子の無い言葉に、俺様演技を忘れて、気の抜けた返事をしてしまった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る