121:納得がいかない時は、とことん話し合いましょう



 あの日から、美羽と口をきいていない。

 喧嘩していると言うよりも、話しかけづらいオーラを醸し出されて、声をかけられなかったのだ。


 でも俺も意見を変えるつもりがなかったので、声をかけようともしていなかった。

 匠達が何とか俺を説得しようとしたのだが、


「俺は悪くねえ。あいつが謝るまでは、話さねえ」


 キャラ的にはそう返すしかなくて、話は進まなかった。



 そういうわけで、生徒会が発足されてすぐにも関わらず、仲がバラバラになってしまったのだ。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「全くさあ、君はどうしてそんなに頑ななのかねえ」


「うるさい」


「こじれてどうにかなる前に、早めに仲直りしなよ」


「言われなくても分かっている」


「分かっていても、出来なさそうだから言っているんでしょ」


 雅楽代元会長に馬鹿にされるけど、俺は聞き入れずに、そっぽを向いた。


 この人に相談したのが間違いだった。

 そう思うが、他に話せる人がいなかったのだ。


 匠達は中間の立場だと入っているけど、どちらかというと美羽の味方で、俺に対しては少し距離を取っている。

 でも仲間外れにしているわけではなく、いつもと違う俺の様子を窺っていると言った感じだ。


 気を遣われているのは分かっていても、俺は引くことは出来なかった。

 雅楽代元会長の言う通り、時間が経てば経つほど、その気持ちはどんどん頑ななものになってしまっている。


「そんなに鬼ごっこが嫌なのはどうして? 別に足が遅いわけでもないのに」


「……事情がある」


「事情って?」


「言えない」


「呆れた。まるで駄々っ子じゃないか。皇子山君が怒るのも当たり前だね。そのままでいるつもりなら、見捨てられる覚悟もした方がいい」


「……見捨てられる……」


 見捨てられる。

 その言葉は、雅楽代元会長にとっては、特に重要な発言ではなかった。

 俺のあまりの態度に、たしなめる意味を込めて、なんとなく言ったのだろう。


 でもそれは俺にとって、打撃を与える最悪の言葉だった。


「そうだよ。だから、きちんと話し合いをして……帝君?」


 息が、上手く出来ない。

 必死に呼吸をしようとするけど、かすれた音を出すだけ。

 苦しくなって、俺は喉を押さえた。

 でもそれで楽になるわけもなく。


「……かひゅっ……ひっ、ひっ、ひぃっ」


「帝君!」


 過呼吸を起こしていることは頭では理解していても、体はどうしようもなかった。


 ただならぬ俺の様子に、雅楽代元会長が珍しく焦りながら近づいてきて、背中をさすってくる。

 もしかしたら俺が過呼吸なんて起こすわけもないと思っているのか、袋などを持ってくる気配がない。


 何とか落ち着こうと思っても、見捨てられるという言葉は俺にとって、だいぶ重い言葉だったらしい。

 トラウマ、と言っても過言じゃないようだ。



 目の前がどんどん暗くなり、このまま意識が無くなるんじゃないか。

 そんなことを考えながら、俺はそのまま横に倒れていく。


 ああ、また心配をかけてしまう。

 最後にそう思った俺の体は、力強い腕に抱き止められた。


「帝!? 帝!?」


 その声は聞いたことがある。

 でも、この場にいるはずのない人だった。


 もしかして都合のいい夢でも見ているのだろうか。

 真っ暗になった視界で考えていると、口元に何かを押し付けられる。


 袋だ。

 呼吸が楽になってきて、俺は気絶することなく、ゆっくりと深呼吸をする。


「そうです。焦らずに、ゆっくり息をしなさい」


 俺の口に袋を添えながら、背中をさすり、そして優しく声をかけながら、呼吸をするように促す。

 その無駄のない動きに、さすがだと、こんな状況でも賞賛の気持ちが湧く。


「いい子です。落ち着いてきましたか。そのまま息をし続けて」


「はっ……はっ……ふっ、み、う……」


「話すのは、もう少し落ち着いてからにしなさい。……それで? 帝に何をしたのですか?」


 暗かった視界に、少しだけ光が差し込む。

 涙のせいでにじんではいるけど、何となく状況は見えた。


 俺の脇にいる美羽が、逆隣にいる雅楽代元会長を睨んでいる。


「まるで俺が何かをしたみたいに言うねえ」


「ここには、あなた以外に誰もいないじゃないですか。あなたが何かをしたのでしょう」


「何もしていない、とは言えないけど、そうなるまでのことをした覚えもないね」


「帝がこんな風になるなんて、よほどのことでしょう! 一体何をしたのか聞いているんです!」


 この場に2人しかいなければ、そりゃあ残っている方を疑うか。

 雅楽代元会長だから大丈夫そうな気もするけど、呼吸も落ち着いたので咳を何度かすると、俺は大丈夫だとアピールするために手をあげた。


「帝! 大丈夫ですか!?」


 あんなに話しかけるなオーラを出していたのが嘘みたいに、俺を心配してくれている。


「だ、いじょうぶだ。……悪かった」


 今回のことは、ほとんど俺のせいなので、とりあえず真っ正面から目を見て謝った。


 俺の急な謝罪に、何かを察したのか美羽は俺の背中を、ゆっくりと撫でた。


「もしかしてあなた……いいえ、それを聞くのは後にしましょうか……まずは、ゆっくり話をしましょう。私達に足りないのは、きっと会話ですから」




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