115:メンヘラの部分は、まだ少しだけ出てしまいます





「ど、どうかな?」


「すごく格好いいよ。着物とかが似合いそう。剣道とか弓道やっていた?」


「やっていないけど、帝がそういうのなら今日から剣道と弓道を始めようかな」


「いや、そこまでしなくてもいいからね」


「……そう?」


 一時間ちょっとで帰ってきたということは、ずっと走り続けて、更には美容院も洋服屋も最短時間で目的を終わらせたということだ。


 それなのに汗一つかいていない。

 元引きこもりだったけど、部屋の中で鍛えていたのだろうか。

 そう考えれば確かに、体つきも細くなく、むしろ筋肉質である。


 下手をすれば、俺よりも体格がいい。

 何故か筋肉がつかないので、ものすごく羨ましいし、男としてのプライドが傷つけられる。


「それなりに見られる見た目になったね。でもまだ、それだけじゃ足りないのは分かる?」


 宗人君が帰ってくるまで、お茶を飲みながら待っていたので、そろそろお腹が苦しい。

 そろそろお暇したい気持ちもあるが、まだ目的は終わっていない。


「うん……高校に通わず、部屋の中でこもって迷惑をかけた。ごめんなさい。これからはちゃんと学校に行こうと思う」


 龍造寺さんの言葉に眉を下げ、それでもすぐに決意に満ちた返事をした。

 今日一日でここまで説得できると思わなかったから、上手くことが進んで本当に幸運だ。


「そう。今から新しく入り直す? それとも高卒認定試験を受ける? どうしたいのか、自分でよく考えな」


「あの!」


 俺が入るタイミングはここだ。

 そう思い、わざわざ会話に無理やり入り込む。


「それなら、薔薇園学園を候補に入れてもらいたいんですけど……駄目、ですかね?」


 高校に通うと決めたのは嬉しいが、薔薇園学園じゃなかったら意味が無い。

 俺は薔薇園学園のことを選んでもらおうと、アピールをする。


「ここ1年で風紀も良くなりましたし、セキュリティ面も安心です。偏差値も最高峰ではなくても、平均よりはずっと高いですし……」


 そして俺は、1番のアピールポイントを口にする。


「そして宗人君がもし来たいというのならば、試験を受けることを条件にだけど、高校2年生から編入するのを認めてもらっている。いい条件だと思わない?」


 ここに来る前に、神楽坂さんとはそこの部分を交渉済みだ。

 色々と面倒な処理はあるらしいけど、俺の頼みであれば何とかしてくれると言ってくれた。


「も、もちろん、決めるのは宗人君だし、試験問題は相当難しいものになっている。でも、多分宗人君は今まで勉強をしていたよね? 試してみる価値があると思わない?」


 ここで頷いてくれなければ、あとは何をプレゼンしようか。

 結構な切り札を切ったので、駄目だったら大分追い詰められてしまう。


 俺はテーブルで見えない位置で、そっと拳を握りしめる。

 さて、どう答えが返ってくるのか。


「宗人はどうしたい? こういうのは俺が決めることじゃないからね」


 龍造寺さんは穏やかに言うと、後はどうにかしなさいとばかりに、お茶をすすった。

 任された宗人君は、助けを求めるように視線をさまよわせるけど、俺も龍造寺さんもそれには答えなかった。


 出来れば頷いてほしいが、強制するのも違う。

 俺は宗人君に、望んで薔薇園学園に来てもらいたいのだ。


「俺は……」


 誰も助けてくれないのを悟り、宗人君は考えに考えて、そして意を決して口を開いた。


「もしも俺が……」


「うん」


「薔薇園学園に入ったら……仲良くしてくれる……?」


 とても恐れた表情で、俺を窺う宗人君の顔色は悪かった。

 俺に否定されるのを怖がっているのだというのは、すぐに分かる。


 でも、何故俺が否定するのだと思っているのだろうか。


 いつの間にか、俺の手の震えは止まっていた。

 俺が怖がってても、話がいい方向に進むはずがない。

 俺の恐怖が、もしかしたら伝わっていたのか。

 それなら、することは一つ。


「当たり前だろう。学園に来てくれたら、仲良くするに決まっているよ。同じ学年だから、同じクラスにしてもらうように頼んでみるからさ」


 安心させるように笑えば、宗人君は目を輝かせた。

 そして俺の方に勢いよく近づいてきたかと思ったら、苦しいぐらいに抱きしめてくる。


「俺のために、そこまでやってくれるなんて! やっぱり帝は運命の人なんだ! もしかしたら天使なのかも! 翼はどこに置いてきたの? もう天には帰さないから、今すぐ燃やしに行こう!」


 話の半分も理解出来ないが、とにかく薔薇園学園に来てくれるのだろう。


 それにしても、翼って何のことか。

 俺が天使に見えるって、目が悪いのかもしれない。


「ああ、本当に同じ空間にいることが信じられない。これは夢じゃないのかな。夢なのだとしたら、好きにしてもいいよね。きっと神様が俺にプレゼントしてくれたんだ。絶対にそうだ」


 抱きしめられながら、またメンヘラの顔が覗きだしたので、俺は助けを求めた。


「全く学習しないな。そんなことばかり続けていると嫌われるよ。ここんな馬鹿なことをする前に、もっと他にやることがあるだろう。編入試験を受けるんだから、もしも不合格だったら恥だよ」


「! 分かった! 勉強してくる!」


 さすがはお兄ちゃんだ。

 その言葉に面白いぐらいにすぐに離れると、大きな音を立てながら部屋へと戻っていった。


 残された俺と龍造寺さんはというと、


「宗人のために色々とありがとう。……これからもよろしくね」


「はい! ぜひ任せてください!」


 宗人君を任され俺は深く頷いた。





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