114:第三者も混じえて話しましょう




「……ん、んん……ここは……? あっ! 帝! 帝はどこ?」


「起きてすぐがそれか。いっそ清々しくもなるね」


「お、お兄ちゃん? どうしてそんな怖い顔」


 目を覚ました宗人君は、真っ先に俺の姿を探し、その様子を見ていた龍造寺さんが笑顔で近づいた。


「宗人」


「は、はい!」


 ただ名前を呼んだ。

 それだけで宗人君は、勢いよく返事をして背筋を伸ばした。


「帝君を部屋の中に入れて、何をしていたのかな?」


「そ、それは……」


「質問を変えようか。何をしようとしていたの?」


 優しい表情で、優しく聞いているのに、威圧感が凄い。

 近くで見ている俺にも伝わってきて、自然と姿勢を正していた。


 これが、本当のお兄ちゃんの姿なのだろうか。

 もしそうだとしたら、俺はまだまだ未熟である。

 いつか正嗣に対して、あんな風に威厳を持って接することが出来るだろうか。


「あ、えっと、ごめんなさい」


「謝るってことは、自分がやろうとしていたことが、悪いことだって分かっていたわけだね。それなのに無理やりしようとしたの。そんなことをする子だとは思わなかった」


「……あ、ちが……」


「人の嫌がることはしない。そんな簡単なことも分からなくなったのか」


 静かに諭しているおかげで、宗人君は目に見えて体を縮こませて反省している。

 その様子は捨てられた犬のようで可哀想になったが、まだ俺が入るべきじゃないと我慢した。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 とうとう耐えきれなくなったのか、涙をポロポロと流して、謝罪の言葉をおえつ混じりに吐き出した。

 顔を手の甲でこすっているが、長い前髪がとても邪魔そうだ。


「謝るのは俺に対してじゃない。それぐらいは分かるだろう」


「うん。帝……ごめんなさい。怖いことたくさんして、ごめんなさい」


「そんなに怖くなかったし気にしていないから、いいよ」


 本当は少し怖かったけど、それを正直に言ったら、龍造寺さんの説教が長くなるだけなので、空気を読んで言わなかった。


「帝君は優しいから許してくれたけど、普通だったら警察に訴えられてもおかしくはなかったんだからね。許されたからって、反省はきちんとしなくちゃ駄目だよ」


「はい」


 まるで耳を垂らした犬のように、完全にしぼんでしまった宗人君は、嘘偽りなく反省したのだろう。

 それなら過ぎてしまったことをグチグチ言うほど、俺の心は狭くはない。


「宗人君も、一緒にお菓子食べよう。この大福とか、すっごく美味しいよ。って、俺が言うことじゃないか」


 客人の俺が、出してもらったお菓子を勧めてどうする。

 言った後にそれに気が付き、慌てて取り消そうとしたが、その前に宗人君が動いた。


「あ、りがと。いただきます」


 龍造寺さんの隣に座り、大福をかじる。


「本当だ。美味しい」


 そして口に粉をつけて、柔らかく笑った。

 その顔からはメンヘラの気配は感じられず、ただのわんこに見えた。

 でも未だに顔が隠れているせいで、不気味さは変わらずあった。


「あー、もうだらしないな。口に粉がついているよ。それにこぼしている」


「あ、ごめん」


 隣でティッシュを持った龍造寺さんが、小言を言いながらも優しく口を拭う。

 なんだかんだと言っても、お兄ちゃんである。


「それにその格好。髪も伸び放題だし、そのスウェットだるだるじゃないか。そんな格好で、よく帝君の前に出られたね。恥ずかしくないの?」


「! 今から髪を切りに行ってくる!」


「ついでに洋服も買ってきな。きちんとした格好になるまで、帰ってこなくていいからね」


 そこまですぐに気にすることではなかったと思うけど、龍造寺さんの言葉に、はっと息を飲んだ宗人君は勢いよく立ち上がった。

 数枚のお札を渡した龍造寺さんが釘を刺すと、大きく頷いてそのまま外に出ていってしまう。


 ということはつまり、格好も髪型もそのままということだ。


「……ここから美容院とか、洋服屋って、どのぐらいかかるんですか?」


「車だと10分ぐらいだから、走れば30~40分ぐらいでつくんじゃないかな」


「……そこまで、あの格好で行ったら、通報とか職務質問されるんじゃ……」


「その時はその時だよ。子供じゃないんだから、一人で解決出来るはず」


 通報されるぐらいならまだいいけど、黒のスウェットを着ていたから、クマと間違えられて撃たれたりしないだろうか。

 少し心配になったが、龍造寺さんが落ち着いているから、きっと大丈夫なのだろう。


「それで帝君」


「は、はい!」


「本当に宗人を許してくれるのかな。本人を前にして言い出しづらかったのなら、今からでも違うと言ってくれて構わないよ。本人には後で伝えておくし、一生帝君に会わせないようにするから」


「そ、そんなことないですよ。そこまでしなくていいですから! ぜひ仲良くしたいと思っています!」


「そう? それならいいけど。あんな弟だけど、仲良くしてくれたら嬉しい」


 何だかんだ言っても、お兄ちゃんであることには変わりない。

 弟のためを思う姿に、俺はやはり聖母だと確信した。




 そして一時間後、髪型を整え服装もきちんとしたものにした宗人君は、見違えるほどの大変身を遂げていて、俺はただただ驚いてしまった。




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