113:聖母(男)と落ち着きましょう





「本当にごめん!」


「い、いや、そんなに謝らなくてもいいですよ。別に俺は平気でしたし」


「駄目だよ! 一歩間違えたら、どんな結果になっていたか! 俺の監視不足だ。だからどんなに謝っても、謝り足りない」


「本当に大げさですって。それよりも、鼻血を出したまま気絶している宗人君を、どうにかした方が……」


「……ああ。大丈夫だよ。少し血を抜いておいた方が、興奮も収まるだろうし」


「そういう問題ですかね……?」


 兄弟というのは、そんなものなのだろうか。

 宗人君をかなり雑に対応している龍造寺さんに、俺は気にしながらも慰めてもらっている状況である。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 あれから鍵を開け、部屋を脱出した俺を、扉のすぐ前で龍造寺さんが待ち構えていた。


「悲鳴とか、物音が聞こえてきたけど、何があった?」


「……だ、大丈夫です」


「そう。それなら良かった。……少しここで待っていてね」


 全身をくまなく触り、怪我の有無を確認すると、一転して冷たい表情を浮かべ部屋の中に入っていった。

 扉を閉められたから見えなかったけど、中では暴れるような音や、引きずるような音、そして龍造寺さんの声が聞こえてきた。

 その声を聞いて、少しだけ鳥肌が立ったのは、絶対に気のせいだろう。


 龍造寺さんは、聖母。

 これは絶対に譲れない。

 きっと道を踏み外しかけている宗人君を、正しい道に戻そうとしているのだ。間違いない。


「おまたせ。疲れただろうから、お茶にしようか。ちょうど美味しいお菓子をもらったところなんだ」


「あ、えっと、ありがとうございます。えっと、宗人君は……?」


「ああ、大丈夫だよ。気にしないで」


 気にしないでと言われても、その手で引きずっている宗人君に、本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。

 でも有無を言わさない感じで、そのまま進んで行くから、俺は引きずられながら壁にぶつかる姿に目をそらすしか無かった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 そして現在に至るというわけだ。

 ニコニコとお菓子を勧めてくれる龍造寺さんは、宗人君への扱いが雑になっている。

 あんなに心配していたのに、どんな心境の変化があったのだろう。


 もしかしてメンヘラなのが、バレてしまったのか。

 そうなると、俺と宗人君のやり取りを聞いていたことになる。


 ……いつから部屋の前にいたのだろう。

 そんな恐ろしい疑問が浮かんできたけど、考えたらさらに怖くなるから、深くは考えないようにしておいた。


「お菓子、美味しいです。ありがとうございます」


「それなら良かった。まだまだあるから遠慮なく食べて」


「久しぶりに和菓子を食べました。こんなに美味しかったんだ」


 甘さ控えめだからか、とても食べやすい。

 本当に遠慮なく食べてしまったのだが、龍造寺さんは優しく見守るだけで、気にした様子はない。むしろ嬉しそうだ。


「……そろそろ落ち着いたかな? 嫌じゃなければ、少し話をしようか」


「んぐ……は、はい」


 最後の一口を食べた瞬間に言われたから、俺は驚いて大福を喉につまらせかけた。

 慌ててお茶で飲み込み、ほっと息を吐く。


「ごめんね。大丈夫だった? もうちょっとお茶飲む?」


「だ、大丈夫です。すみません」


「俺こそ急に話しすぎたよね。でも目を覚ます前に話をしておいた方がいいと思って。お互いのために」


 未だに鼻血を出している宗人君は、もうしばらくは目を覚まさないだろう。

 その間にしておいた方がいい話。


 俺はにわかに緊張して、自然と背筋が伸びた。


「そんなかしこまらなくてもいいよ。帝君にとって怖いことはしないから。落ち着いて話をしよう」


「はい。あの、話というのは宗人君のことですよね」


「そう。さっきは俺の弟がごめんね。まさか、あそこまで馬鹿な行動をするとは思ってもいなかったから」


「い、いや。驚きましたけど、俺は気にしていませんよ。怪我とかもしていませんし」


「していたら、絞めておいたから安心して」


「あ、はい」


 本当に宗人君に対して、遠慮が無くなっている。

 俺は乾いた笑いしか出てこなくて、ごまかすようにお茶を飲んだ。


「宗人が、帝君を好ましく思っていたのは何となく知っていたんだ。でもそれは友達としてだと勘違いしていたよ」


「たまに扉越しに一方的に話しかけていただけで、そこまで接点があった訳じゃ無かったと思いますけど……」


 俺が今までしたことといえば、好き勝手に話をしていただけだ。

 好かれる理由が分からない。


「そんなことないよ。部屋に無理やり入ろうともせず、出て来いと言うわけでもなく、楽しかった話をする。そんな穏やかな時間が、宗人にとっては救いになっていたんだ」


「でも、それじゃあ何で、高校に進学するのをやめたのでしょうか。俺が薔薇園学園に進学することは、公表していたので知っていたはずです。でもやめたということは、俺は救いになっていなかったということなんじゃ……」


「……それは……先程の様子を見て、一つの仮説が浮かんだ……」


「どんな仮説ですか?」


 頭を抱えてため息を吐き、龍造寺さんは呆れた表情で口を開く。

 その時、宗人君が唸る声が聞こえてきた。

 どうやら目を覚ますみたいだ。


「……たぶん、構ってもらいたいから、ここに帝君が来るのを待っていたんじゃないかな……」


「…………はい?」


 予想を斜めに上回る答えに、俺は変な声しか出なかった。




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