112:初めてじゃないけど、はじめまして
中から、のそりと大きな影が出てくる。
それが誰なのかはすぐに分かったが、俺は一瞬戸惑ってしまった。
それぐらい宗人君の姿が、想像と違っていたせいだ。
……山の番人? 木こり?
そんな言葉が浮かんでしまうほど、宗人君は別人というか別次元だった。
髪の毛は美容院に行っていないからか、背中の方まで伸びていて、手入れを怠っているせいでキューティクルも無くボサボサ。
背は俺よりも少し高いぐらいだけど、猫背のせいで覇気がないように見えてしまう。
前髪でおおっている顔は、口元しか見えないから、少し不気味だ。
長年引きこもりだったせいかもしれないけど、いくら何でも予想を超えすぎである。
本当に同い年だよな。
実は龍造寺さんの兄だったりはしないよな。
あまりのことにそう疑ってしまうが、それはありえないだろう。
「えっと、宗人君だよね。はじめまして……ってそれも変な感じか」
今まで扉越しに話していたけど、姿を見るのはこれが初めてだ。
だからはじめましてと言ってみたが、それはそれで変な気分だった。
「あらためて自己紹介するね。俺は一之宮帝。よろしく」
「……あ……ああ……あ……」
もしかして、しばらく話していなかったのだろうか。
そのぐらい掠れた声で、あ、という言葉しか言ってくれない。
少し困ってしまったけど、ここで雑な対応をしたら、せっかく出てきてくれたのに心を閉ざしてしまいそうだ。
「宗人君、俺の話を聞いていてくれたよね。薔薇園学園に興味を持ってくれた?」
「……ああ……あ……あああ……」
言葉の忘れた動物なのか。
そろそろ怖くなってきたので、龍造寺さんに助けを求めようとしたが、その前に宗人君の方が早く動いた。
「うおっ!?」
体にタコのように腕が巻きついたかと思ったら、そのまま力強く引き寄せられた。
「うわっ!?」
どこからそんな力があるのか、俺は抵抗することも出来ずに、宗人君の胸に飛び込んだ。
そして、部屋の中に引きずられ、扉が閉められる。
中は昼なのにカーテンが引かれているせいで、隙間からしか光が入らず薄暗い。
俺の体は抱き寄せられたまま、宗人君はゆっくりと腰を下ろした。
引きこもっていたはずなのに、抱きしめる胸板は厚みがあるし、柔軟剤のいい匂いがする。
ちょうど心臓の位置に俺の耳があり、一定のリズムの鼓動が聞こえてくる。
いきなりのことだけど、そこまで嫌な気はしなかったし、危機感も特になかった。
宗人君なら俺に危害は加えない。
そんな自信が、どこからか湧いてきていたからだ。
「……どうした?」
俺を痛くない程度に、でも抜け出せない力で抱きしめている宗人君は無言だった。
だから俺が話しかけるしかないので、宗人君の腕をそっと叩き、話しかける。
俺の手が触れた瞬間、一度大きく震え力がゆるんだが、すぐにまた抱きしめられた。
「俺は逃げないから……話してみて」
腕を叩いていた手を背中に移動し、抱きしめ返すような体勢になる。
そして安心させるように、背中を撫でた。
「……あ」
「うん」
頭の上からかけられる言葉は、低い声だからか落ち着きがある。
本来であればワンコ系の、頼れるお兄さんと言った感じなので、癒し効果は龍造寺さんぐらいは持っているはずだ。
「……帝」
「どうした」
「帝帝帝帝帝帝帝帝帝帝帝帝帝帝帝」
大丈夫だと気を抜いたのが悪かったのか、突然壊れたラジオのように俺の名前しか言わなくなり、そして合間に不穏な感じで笑いだした。
「しゅ、宗人君……? どうしたの?」
声が震えてしまったが、今は構っている場合じゃなかった。
命の危機を感じ、俺は腕から抜け出そうとしたが、逆に少し痛みを感じるぐらいに抱きしめられた。
「ああ、俺の腕の中に帝がいる。もしかして夢なのかな? ずっと妄想ばっかりしていたから、起きていても幻覚を見るようになっちゃったのかな。でもまあいいや。ここに帝がいるんだから。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい」
息継ぎをする暇なく話しかけられ、俺はただただ聞いているしか無かった。
これは、どういうジャンルなんだろう。
す好かれているのは分かるけど、全体的にジメッとしている。
でもヤンデレというよりは、かまってちゃんな感じだ。
……メンヘラ?
そっちの言葉の方が、しっくりくる。
俺は抱きしめられながら、息が苦しくなってきた。
「幸せだあ……このままずっとここにいたいな。ずっとこの部屋で一緒に。なんて幸せなんだろう。そう思わない?」
苦しいのが伝わったのか少しだけ拘束がゆるみ、とろけるようなドロドロとはちみつを塗りたくったかのような、そんな声で俺に話しかけてくる。
もっとわんこか武士のような人を想像していたから、ギャップが凄い。ギャップとは違うのかもしれないけど。
距離が近いおかげで、前髪に隠れた表情をが見えた。
「すごい」
「……わ、喋った。何? どうしたの? 俺に何が言いたいの? 言って言って。なんでも聞くよ」
「すっごい綺麗な目、しているんだ」
影にはなっていたけど、暗闇に目が慣れていたから、よく見えた。
俺はそっと手を伸ばして、頬に触れる。
「髪の毛、邪魔だな。切った方が、その目がよく見えるのに」
別にわざとこうしたわけじゃない。
でも結果的にこの行動のおかげで、宗人君が意味不明な言語を口にしながら、気絶してくれた。
拘束が無くなり、すぐに俺は龍造寺さんに助けを求めに行った。
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