110:まさかの再登場?



 そうだとは気づかないで、キャラと接触していた確率は、どれぐらい高いのだろう。

 そういう運命なのか、本当に偶然だったのか、今となっては分からない。


 とにかく、神楽坂さんの手を煩わせなくて済んだことを、よしと思おう。

 土下座をする必要はなかった気がするけど、済んでしまったことは仕方ない。



 俺はついでとばかりに外出許可を取りつけて、次の日の休みに懐かしい道を歩いていた。

 最近は学校が忙しいし、外出許可を取るのに手間がかかるから、しばらく来ていなかった。


「もしかして、それが原因で? それはないか」


 俺が訪ねなかったから、薔薇園学園に進学しなかったなんて、さすがにうぬぼれた考えだ。


「きっと、何かがあったんだろうな」


 その何かは、龍造寺さんに聞けば分かるだろう。

 本人からは絶対に聞くことは出来ないから、そうするしかない。


「本当に……どうしたんだろう」


 疑問はたくさんあるけど、今の俺にはどの答えも出てこなかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「帝君。久しぶりだね。元気にしていた? 随分と立派になって」


「お久しぶりです。龍造寺さん。龍造寺さんも、大人っぽくなりましたね」


「そんなことないよ。おじさんになっただけ」


 おじさんなんて、全く龍造寺さんには似合わない言葉だ。

 それにおじさんなんて言っているけど、まだ30歳にもなっていないはずである。


 前に会った時よりも、少しだけ背が伸びて、髪型が変わったせいか、本当に大人びて見える。

 格好いいし、嬉しそうに俺を見ている姿は、やっぱり聖母だった。


 理性が働かなければ、お母さんと言ってすがりつきたくなってしまう。

 そんなオーラが、昔よりも増していた。


「それにしても帝君から連絡があって、とても驚いたよ。しかも弟に用があるんだって?」


「そうなんです。最近、来られなかったから、どうしているのかなと思って。俺と同い年だから、高校2年生ですよね。どこの高校に通っているんですか?」


「…………ああ、帝君は知らないのか」


 早速本題に入ろうと、名前を出せば龍造寺さんの表情がくもった。

 どうやら、あまり触れられたくない話題らしい。


「えっと、何かあったんですか?」


「んー、あったというか。無かったからこうなったというか……」


 歯切れの悪い様子は、だいぶ問題の根が深そうだ。

 本当ならば聞かずに違う話題に入るべきなのだろうけど、目的のために泣く泣くさらに突っ込む。


「どうしたんですか?」


「……驚かないで聞いてね。実は高校に通っていないんだ」


「学校に通っていない? どうしてですか?」


「昔から、部屋にこもっているのは知っていたよね」


 それは知っている。

 でもまさか同い年とは思っていなかったし、そこまで重くとらえていなかった。


「宗人は、昔から引っ込み思案で、同い年の子と上手くコミュニケーションがとれなかったんだ。幼稚園を変えたり、励ましたり、色々なことをした。でもどれも駄目だった。そして俺や両親は、甘やかして無理させることを諦めてしまった」


 そして、部屋にこもりきりになってしまったわけだ。

 誰が悪いとは、はっきり言えない。

 でもその行動の積み重ねのせいで、高校生になっても、そのままになってしまったわけだ。


「それでも、高校には通わせようとしていたんだ。いくら自分で勉強をしているとは言っても、どうしたって限界はある。だから色々な学園のパンフレットを集めて、宗人に見せたんだ」


 そう言ってどこからか取りだしたのは、近辺や県外など、様々な高校のパンフレットだった。

 その中には薔薇園学園もあったし、県立の高校まであった。

 どこでもいいから高校に行って欲しい、そんな願いが伝わってくる。


「全く見てくれないと覚悟していたけど、意外に宗人は興味を持ってくれたんだ。特に薔薇園学園を。だから俺も両親も、すっごく喜んだ。これできっと、こもるのを止めてくれると」


「それならどうして?」


 どうして、薔薇園学園にいないのか。

 俺の疑問に、龍造寺さんは悲しげな顔をして、首を振った。


「……分からないんだ。あんなにも楽しそうにパンフレットを見ていたのに。急に、高校には行かないって言い出した。理由を聞いても説得しようとしても聞いてくれなくて、そのままこもってしまって、あとはこの状態さ」


 なんとか軽く言っているけど、その表情は疲れきっているし、とても辛そうだった。


「それでも1年近く、扉越しに何度も呼びかけた。今からでも遅くないから、高校に行こうって。でも全く聞く耳を持ってくれなかった」


「そうして、このままになったんですか」


「……ああ」


 家族にも教えない理由で、高校に進学するのをやめた。

 このご時世、そう判断するのはなかなかの勇気がいる。

 それなのに決めたということは、よっぽどの理由があったわけだ。


 そしてそれをどうにかしない限り、薔薇園学園に呼ぶことは出来ない。

 俺も理由が分からない状況で、説得なんて無謀だろう。


 今日は一旦帰って、作戦を練り直そうか。

 そう思ったけど、龍造寺さんの悲しい顔に、俺は帰るなんて、とてもじゃないけど言えなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る