106:モデルになっていただけなんです




「それじゃあ、話を整理させてくれ。今ここで御手洗をモデルにして、絵を描いていたということか」


「そうだねえ。この状況は、他に何か考えられるわけないよね」


「一応、確認しただけだ。……絵のモデルというのは何だ。どういった絵なのか教えられるよな」


 生徒会室で、わざわざモデルをやる意味が分からない。

 公私混同も甚だしいし、第一どうして御手洗なのか。


「別に構わないよ。それに君が思っているようなものでもないからね」


 そうは言っているが、もしも御手洗の顔が分かるような絵だとしたら、すぐにこちらに渡してもらおう。

 いくら一之宮家だとしても、御手洗の立場は執事なのだ。

 表舞台に立つ必要はない。


 恐る恐るといった感じで近づいてきた一人の生徒から、スケッチブックを手渡され、中身を見た俺は、叫び声を何とか口の中に押しとどめた。


「な……んだ、これは……」


「ひ、ひいっ! すみません! すみません!」


「これは、一之宮様には見せられませんよ!」


「会長! なんて殺生な!」


 俺に絵を見せに来た生徒は、白目をむいて今にも倒れそうだった。

 周りにいた生徒2人も、顔を青ざめさせながら雅楽代会長に文句を言っている。


「そんなこと言ってもさあ。見せなければ納得してくれないよ」


「そうかもしれないけど、そうじゃないんです! 見せてほしくなかった!」


「わがままだなあ」


「わがままじゃないです!」


 面倒くさそうに生徒の相手をしている雅楽代会長は、スケッチブックを手に固まっている俺を見て、悪い笑みを浮かべた。


「あれれ。もしかして俺様何様帝様には刺激が強すぎたのかな。大丈夫?」


 心配しているような言葉遣いだけど、その顔のせいで台無しである。

 俺はため息を吐いて、スケッチブックにまた視線を向ける。

 渡してきた生徒の悲鳴が聞こえてきたが、聞こえないふりをした。


 そこに書かれていたのは、御手洗であって御手洗ではなかった。

 キラキラとしたエフェクトと、大量の薔薇。

 イケメンに押し倒され、目にハートマークを浮かべているそれが何かを、前世腐男子の俺はすぐに分かってしまう。


 だからわざわざ生徒会室を使って、隠れてデッサンをしていたわけだ。

 御手洗に頼んだのも、他人に広めないようにするためか。


 それにしても、随分と上手い。

 もしかして漫画家として活動しているのではないか。


「これは……漫画みたいなものか……?」


 本当は何かを知っているが、俺が知っていたらおかしいので、困惑した表情をしてとぼける。


「御手洗じゃねえよな。これはどういうことだ?」


 聞くのは可哀想だけど、俺様キャラ的に突っ込まざるを得ない。


「そそそそれは……!」


 顔を真っ赤にさせたり、かと思ったら青くなったり。

 どう説明すればいいのか、分からないといった様子だ。

 でも数分もすれば、いい説明が思いついたのか、覚悟を決めた表情になる。


「えっとおっしゃる通り漫画です。ええはいそうです。その中でポーズが分からないところがあって、申し訳ないんですけど御手洗さんをお借りして参考にしていただけです」


 先程までの取り乱しようはどこへやら、少し無理やりなところはあるけど、何とか説明をした。

 それでも本来であれば、もっと深堀されるはずだ。

 でもさすがにこれ以上は、恥ずかしさで爆発する可能性がある。


「……そうか。まあ、面倒事じゃねえならいい。それで? なんでわざわざ生徒会長様もモデルをしているんだ?」


 腐男子のデッサンが行われていたのは分かった。

 でも何故それに、雅楽代会長が協力しているのか。

 今までの感じからして、実は腐男子だということは絶対にありえない。


 それなのに、御手洗を巻き込みここまでして協力した理由はなんだろう。

 そっちの方が気になってしまい、俺は逃がさないとばかりに、雅楽代会長を睨みつけた。


「おー、怖い怖い。そんなに睨まなくても良いよね。俺が協力している理由は簡単だよ。この学園の風紀をよくするために必要なんだ。それだけ」


「……これのどこが風紀をよくするために必要なんだ?」


 雅楽代会長の言っている意味が、全く分からない。

 BL漫画が、どう風紀の改善に繋がるのだろう。

 にわかには信じられず、訝しげな表情を浮かべてしまう。


「その顔は信じていないね」


「当たり前だ。それでどうやって風紀をよくするんだ」


 BLが駄目だとは言わないけど、それとこれとは全く別問題だろう。


「この学園は閉鎖的だ。そのせいで学生の間だけ、欲を満たすために同性で恋愛する生徒が多い。中には一生をかける人もいるけど、そんなのはほんのひと握りだ」


「確かにそうかもな」


「そういう人達は圧倒的に知識が足りないんだよ。男同士の恋愛のね。下手をすれば恋愛すらも。そんな中で、きちんとした恋愛なんて出来るわけがないだろ。だからこれで学習してもらうんだ」


「なるほど、教科書代わりにするってことか」


 まあ、学校では教えられないし、友達と話をすることでもないから、こういうので勉強する方がいいのかもしれない。


「そういうこと。まだ試験段階だけど、図書室辺りにまずは置いてもらう。そこから上手くいけば、もっと色々なところに置くつもりなんだ」


「……まあ、いいんじゃねえか」


 これがどこまで効果を出すか分からないが、漫画を呼んでピュアな気持ちで恋愛をする生徒が増えた方がいい。


 それに、広まれば堂々と読める理由になるので、ぜひとも広まって欲しい。





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