107:あっという間に1週間が過ぎ……





 御手洗との時間はあっという間に過ぎ、今日が最終日になってしまった。

 その間、元々怪我は大したことが無かったので、ただの学園見学みたいなものだった。


 それでも楽しんでいたようで、今日が最終日だと知った生徒が、御手洗の前に列を作り出した。


「御手洗様! こ、これ調理実習で作ったので、ぜひ食べてください!」


「ありがとうございます。これはカップケーキですか、とても上手に出来ておりますね」


「ぼぼぼ僕と写真を撮っていただけませんか! それが駄目なら握手でも!」


「申し訳ありませんが、写真を撮るのは難しいですね。握手でしたら」


「好きです!」


「ありがとうございます」


 最後の思い出とばかりに好き勝手し、御手洗も何故か優しく対応している。

 その隣で見ている俺は、どんどん不機嫌になってしまう。


 でも今日は休みだから、授業だと言って逃げ出すことも出来ない。

 それを見越して生徒が集まり、こんな状態になったというのもある。


「……部屋から出なければ良かった」


 最終日だからといって、もう一度学園を案内しようなんて考えてしまったのが間違いだった。

 まさか御手洗の存在を嗅ぎつけられ、10分もしないうちに行列が出来るなんて、夢にも思わなかったのだ。


 さっさと蹴散らせばいい話なのかもしれないが、生徒達の気持ちも分かるので、少しぐらいならと同情してしまった。


 まだまだ終わらなそうだから、俺がここにいなくても別に構わないだろう。


「……少し離れるな」


 聞こえないぐらいの声量で声をかけ、俺はその場からそっと離れる。

 いつもだったら気がつくはずの御手洗や生徒達は、夢中になっていて俺を引き止めることは無かった。


 あまり遠くに行くと心配をかけてしまうので、近いところをふらつきながら、俺は誰もいないのをいいことの頬を膨らませる。


「……御手洗は俺の執事なのに……」


 それは、まるで子供のような独占欲だった。

 御手洗のことは俺だけが知っていればいい。

 絶対に無理な話だけど、そう思ってしまう時もある。


 でもこれはきっと恋ではなく、この世界で唯一、俺の全てを知っている存在だからだ。

 俺の全てを知っているのだから、御手洗のことも俺が全て知っていたい。

 言葉にすると、とてつもなく重い感情だった。


「……御手洗には気が付かれないようにしなきゃ」


 こんな感情を知られたら、さすがの御手洗も俺から逃げ出してしまうかもしれない。

 絶対にこの気持ちは隠しておこう。


 俺はそう決めると、休むのにちょうどいい場所を見つけた。

 遠くに行かないつもりだったけど、普段だったら来ることの無いようなところである。


「こんなところがあったんだ。知らなかった」


 様々な種類の木が植えられ、よくよく見ようとしなければ通り過ぎてしまうような位置に、ベンチが置かれている。

 ベンチのすぐ脇には、樹齢100年以上は過ぎていそうな幹の太い木があり、ちょうどいい感じに日陰を作っていた。


「へえ……なんだか落ち着く場所だな」


 戻るべきなのだと分かってはいたけど、俺は癒しを求めてベンチに座る。

 深々と腰かけて目を閉じれば、風が髪や頬を優しく撫でた。

 周りに木があるおかげか、マイナスイオンでも出ているのではないかというぐらい、心地よい風だ。


 そのまま目を閉じ、俺は大きく息を吐いた。


「……どうしたの? 悩み事?」


「!?」


 すぐ背後から声が聞こえてきて、俺は驚きから転げ落ちそうになった。


「こっち見ちゃ駄目。こういうのは内緒の方が面白いから」


 慌てて声の主を確認するために振り向こうとしたが、楽しそうな声に止められ、変な体勢のまま固まる。


「……この学園の生徒か……?」


 声変わり途中のような、高いけど少しとかすれた声に聞き覚えがない。

 でも全ての生徒の声を一人一人聞いているわけではないので、生徒でも分からないのはありえる。


「んー、どうでしょう。それを教えたらつまらないよね」


「そうか。まあ、いい。こんな所で何をしているんだ?」


「それはこっちのセリフでもあるけどね。ここは僕のお気に入りの場所なんだ。休みに来たら、先客がいたから声をかけただけ」


「あー、悪かった。たまたま目に付いて、少し休んでいた。邪魔だったら移動する」


「別にそれはいいよ。ここは僕の場所っていうわけじゃないし。休みたい人が休めばいい」


 何だか不思議な人だ。

 生徒だった場合を考えて俺様演技をしているのだが、気を抜くと素が出てしまいそうになる。

 そしてそれが嫌じゃない。


 正体を知りたいけど、知ったらもう二度と会えない気がして、振り向こうとする体を止める。


「助かる」


「別にお礼を言われることじゃないよ。それで、お兄さんはどうしてそんなに疲れているの? 僕で良かったら話を聞こうか?」


「あ?」


 誰だか分からない人に、悩み事を話すなんてそうそうない。

 俺も提案された瞬間は、何を馬鹿なことを言っているのだと口に出してしまいそうになった。


「…………そうだな。少しだけな」


 でも数秒で考え直し、いつの間にか相談する流れになっていた。

 この人なら、別に話をしてもいいと判断した。


 本当に誰なのか。

 どこか冷静な部分が訴えるが、俺は気にすることなく話を進めた。




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