104:顔がいいと言うのは得です




「きゃあ。御手洗様」


「おはようございます。本日も勉学に勤しんでください」


「はい! ありがとうございます!」





「……御手洗」


「いかがなさいましたか、お坊ちゃま」


「何だこの状況」


「さあ、私に聞かれましても」


 俺は黄色い悲鳴を浴びている御手洗に対し、じっとりとした視線を向けた。


 たった1日。

 それだけで御手洗は、多くの学園の生徒を魅了してしまった。

 今では俺の少し後ろを歩いているだけで、生徒から声をかけられる。


 話かけている生徒の目は完全にハートになっていて、おそらくファンとして好意を抱いているのは分かるけど、それでも面白くなかった。


「なーんか、鼻の下が伸びてないか? 可愛い子に話しかけられて、嬉しそうだな」


「そんなことはございませんが……お坊ちゃま、随分と面白い顔をしておりますね」


「はあ!? 面白い顔ってなんだよ。これが普通の顔だ」


「ふふ。それが普通の顔ですか」


 上手く取り繕っているつもりだけど、御手洗には全てお見通しなようだ。


「他の人にバレていない。お前だけだ」


 取り繕うのは上手くなったはずなのに、何故か御手洗にだけはすぐにバレてしまう。

 それに甘えて、頼りきりになっていた俺も悪いのだが。


「……心配です」


「何がだ? バレるなんてヘマするわけないだろ」


「そういうところがですよ。……ちゃんと教えてきたつもりなのですが」


 額に手を当てて小さく息を吐く姿は、まるで俺が聞き分けのない子供のように見える。

 教育係も兼任していた御手洗なのだが、俺はその全てでパーフェクトな結果を出したはずだ。


「……俺、駄目か……?」


 もしも御手洗に出来損ないだと見捨てられたら、俺はおかしくなってしまう。

 それが怖くて周りの生徒に聞こえないように小さな声で、服の裾を握りながら問いかける。


 声が震えてしまい、眉も下がってしまったのは、不安な気持ちが思わず出てしまったせいだ。

 御手洗にしか見えない角度だから、少しぐらい情けない顔をしていてもバレはしない。


「お坊ちゃま」


「……努力するから、御手洗だけは見捨てないでくれ」


 心からの言葉は、御手洗の胸に響いてくてたらしい。

 ポーカーフェイスが少し崩れ、俺からすると優しい笑みを浮かべて、軽く俺の目元をこすった。


「私がお坊っちゃまを見捨てることなど、天地がひっくり返ろうともありえません。もしも離れる時は、お坊ちゃまが私を捨てた時ですよ」


「それじゃあ一生ありえないな。御手洗を手放すことなんて、馬鹿のすることだ。こんなに優秀で俺を支えてくれる、自慢の執事なんだからな」


「……ありがたき幸せ」


 指の感触に目を細めてすりよれば、どこからか小さい悲鳴が聞こえてきた。


 冷静になって考えてみると、今の状況は結構怪しい雰囲気を醸し出しているのではないか。

 俺様キャラをしているから、人にそう簡単に触れさせることは無い。


「……もしかして……禁断の関係!? ……萌える……」


 おい。どこかに腐男子がいる。

 ぜひお友達になりたいところだけど、今の立場では無理か。

 同じ趣味の人と話しをする機会が無いので、ものすごく残念だが、哀れな一般生徒を犠牲にするわけにもいかない。


 でも一応、誰なのかは調べておこう。

 そう内心で考えながら、俺はそっと御手洗の指から離れた。


「悪い。みっともないところを見せたな」


「いえ。役得ですので。……しかし、あまり人のいるところでは出さない方が良いかもしれませんね」


「分かっている。今のは気が緩んでいただけだ。もう、こんな真似はしない」


 御手洗が先程まで触れていたところが、優しい熱を持ち、体の中を伝わっていって胸が温かくなる。

 これでしばらくは頑張れそうだ。


 俺は、いつの間にか立ち止まっていた足を動かす。


「そういえば、今日は雅楽代会長の手伝いをしに行くんだろう。気をつけろよ。もし何かあったら、すぐに連絡しろ。授業中でも遠慮なくな」


「かしこまりました」


「絶対だぞ」


 心配は無いのは分かっているが、もう一度忠告をしておく。

 恭しく頭を下げた御手洗は、口元に手を当てて、一度笑う。


「何だ?」


「いえ。とても成長されたと実感しているだけです」


「そうか」


 よく分からないけど褒められたので、お礼を言っておく。

 俺の後を続く御手洗に、今度は何故か黄色い悲鳴はかけられなかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 帝と御手洗がいなくなった後、残された生徒達はしばらく固まっていたが、それがとけると近くにいる友達と話し始める。


「今の見た?」


「見た見た!」


「一之宮様と御手洗様、すっごくいい雰囲気だったよね!」


 興奮気味に話す姿は、体格のいい生徒や可愛らしい生徒問わず、頬を染めて目を輝かせていた。

 それぐらい先程の2人のやりとりは、衝撃を与えていた。


「やっぱり恋人とかなのかなあ」


「それは無いでしょ。一応は主人と従者の関係なんだから」


「そっか。でも本当に、見ていて幸せになるぐらい、神々しい美しさだったなあ……」


「確かにそうだね……でもさあ……」



「「一之宮様、ものすごく可愛かった」」



「だよね!」


「顔を触られていた時の表情、可愛くてドキッとしちゃったもん」


「いつも格好いいと思っていたけど、あんな姿見ちゃったら、そういう意味でも狙われそうだね」


「確かに」


 生徒達は、当人達はいないことをいいこに好き勝手な感想を言い合うと、今の時間を思い出し、慌てて学校へ続く道を走った。




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