102:自慢をしましょう




「御手洗。以上。帰っていいですか」


「……帝お坊ちゃま」


「あはは。いいねいいねえ」


 本当に、もう帰っていいだろうか。

 俺は本気で帰ろうとしたのだが、御手洗に止められてしまい失敗した。


 その様子を楽しそうに見ている雅楽代会長は、御手洗に狙いを定める。


「御手洗さんだっけ? 授業中はついていなくてもいいんだよね。それならさあ」


「却下」


「まだ話は終わっていないし、なんで帝君が答えるのかなあ」


「どうせくだらないから、時間を無駄にしないために、断ったまでです」


「横暴だねえ。御手洗さんは、受け入れてくれるかもしれないのに」


「絶対にありえない。だから話し合うだけ無駄です」


 この人に御手洗を預けたら、どんな悲惨なことになるか分かったものじゃない。

 だから絶対に断るために、話をさせないように先回りする。


「そんなことないよ。ね、御手洗さん」


「もう少し、詳しいお話をお聞かせいただけませんか」


「あー、もう。だから嫌だったんだ」


 愉快犯と愉快犯を会わせたら、ろくなことにならない。

 分かっていたけど、一応形式上は生徒会長だから会わせる必要があった。

 でも、この2人の会話が何事もなく終わるはずがなかったのだ。


「お坊ちゃま。生徒会長様の前ですよ。きちんとした態度で接しなくては失礼です」


「そうだそうだあ。いやあ、御手洗さんとは気が合いそうだ」


「私もです。初めて会ったとは思えませんね」


 これなら、まだ敵対してくれた方が良かった。

 意気投合してしまった2人に、俺は頭を抱える。


「おやおや。お坊ちゃま、どうしましたか」


「帝君。気分でも悪いの?」


「……2人のせいだ……」


 ここでは演技をしなくていいから楽だけど、心配されても2人のせいだから、別に過ごしやすい場所ではない。


「そこまで気分が悪いのであれば、保健室に行きましょうか?」


「そういうのじゃないから大丈夫。……御手洗」


「はい」


「きちんと頼み事の内容を聞いてから、引き受けるか判断して」


 もはや俺が止めるのは不可能だ。

 御手洗だから、さすがに頼み事の内容がおかしなものだったら、簡単に断ることも出来るだろう。


「かしこまりました」


 俺の言葉に一度まばたきをすると、恭しく頭を下げ了承したが、本当に分かったか微妙である。

 面白ければ受け入れそうなところが、心配なのだ。


 そんな俺の苦労を感じていなさそうな御手洗に、俺は雅楽代会長の方を見た。


「一之宮家の執事ですから。変なことに巻き込まないでください。いくら優秀だからといってもですよ」


「変なことに巻き込むつもりは無いけどね。帝君は随分と御手洗さんを買っているんだ。ますます興味が湧いてきたよ」


「そんな興味捨ててください。欠片も残さず。御手洗を見たら減る気がするので、もう見るのも駄目です」


「……お坊ちゃま」


 御手洗がたしなめるように名前を呼んできたが聞こえないふりをして、俺は雅楽代会長だけを見る。


「俺の執事ですよ。優秀に決まっているでしょう。あなたに貸すのは惜しいほどに」


「……ふーん。本当に評価しているんだ。ますます興味が出てきた。使い潰さないし、ちゃんと丁寧に扱うからさ、少しだけ力を貸してもらえない?」


「人の話聞いていましたか。耳が聞こえなくなりましたか。それとも頭がおかしくなりましたか」


「いつも通りだよ。それは帝君が一番分かっているだろう」


 分かっているからこそ、話題を変えようとしているのだ。

 このまま話を進めていれば、結末がどうなるかなんて目に見えている。


「……帝お坊ちゃま」


「……なに」


「生徒会長様がここまでおっしゃっているのですから、少しぐらい譲歩されてはどうですか?」


 だから、早く帰りたかったのだ。

 御手洗にことだから、困っているのを感じたら助けずにはいられなくなる。

 意外に、そんな優しさも持ち合わせているのを知っていた。


「……どんなことに使うつもりですか?」


「安心してよ。そんな大変なことじゃない。傷一つつけずに返すって約束するからさ」


「傷一つつけない。変なことに巻き込まない。今日一日だけ。その条件を満たしてくれれば…………御手洗に手伝いをさせましょう」


「ありがとう。本当に助かるよ」


 御手洗自身が乗り気になってしまったので、もう俺に止めるすべはなかった。

 本当に嫌々ながら、条件をつけて許可を出せば、雅楽代会長は真面目な顔でお礼を言ってきた。


 その顔にいつもの愉快さが無かったので、少しだけ不審に感じる。

 もしかして御手洗に手を貸してもらいたいのは、ただの興味本位ではなく別の理由があるからだろうか。


 わざと俺をあおって、御手洗を借りなければならないほど、切羽詰まっている。

 この人が。

 それは、だいぶ大きな問題なのではないか。


「……もしも必要であれば、俺も手を貸しますから」


「おお。大盤振る舞いだねえ。その時はよろしく」


 この人が人の手を借りなければいけないほどの問題ならば、俺も力を貸す。

 ものすごく苦手だけど、協力をしないほど嫌いではない。


 そっぽを向いて提案すれば、雅楽代会長はとてもいい笑顔で頷いた。

 その顔に真剣さは無い。



 ……もしかして、早まっただろうか。





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