100:俺を挟んでバチバチしないでください




「今日から1週間、俺の世話をすることになった御手洗だ。……美羽は知っているか」


「ええ、お会いしたことがありますからね。お久しぶりです。御手洗さん」


「お久しぶりです。美羽様」


 教室には噂を聞き付けたのか、すでに美羽達が待ち構えていた。

 ちょうど紹介をしていたかったから、探す手間も省けて良かった。


 俺は授業が始まる前に、御手洗を紹介しておくことにする。

 どう紹介していいか分からなかったから、俺様らしく簡潔にしてみた。


「へー、あんたが。噂の。ふーん」


 匠が真っ先に反応し、上から下まで御手洗を眺めると鼻で笑った。


「大したことないな」


「それはそれは、確かあなたは獅子王様ですね。帝お坊ちゃまから、話は聞いておりますよ。随分と丸くなられたのですね」


 負けじと御手洗も、口元に手を当てて上品に笑い返す。



 2人の間に火花が散っているような、そんな幻覚が見えて、俺は軽く目をこすった。

 明らかに雰囲気が悪いので、俺はフォローを頼もうと、美羽に視線で助けを求める。


「匠。そんなことを言っている場合ではありませんよ。御手洗さんは怪我をした帝の世話をするために、わざわざ来てくれたのですから」


 美羽は優しいから助けてくれるようで、間に入った。


「1週間の滞在お疲れ様です。ですが、帝のことは私達でどうにかなりますので、学園まで着いてこなくても結構ですよ」


 でも、期待していた助けじゃなかったようだ。


「そうはいきません。もしもどうかなるのであれば、帝お坊ちゃまは怪我しておりませんからね。私がお傍にいなくては」


 今度は美羽と御手洗の間に火花が散って、俺は次に誰に助けを求めていいのか分からなくなる。


「みかみかの執事さんかー!」


「初めて見たー!」


 俺がどうしようもなくなっている間に、今度は朝陽と夕陽が絡み出した。

 2人みたいなタイプを御手洗は苦手そうなので、今度は俺が助けに入ろうかと口を開こうとしたのだが。


「初めまして。御手洗です。あなた達は確か……」


「こんにちはー。僕は朝陽」


「僕は夕陽」


「「よろしくねー」」


 和やかに自己紹介を始めたので、さすがに大丈夫かと見守ることにした。


「別に覚えなくてもいいからねー」


「そうそうー。みかみかだけが分かってくれていればいいからー」


「おやおや。そのヘアピンは帝お坊ちゃまがプレゼントされたものですね。私も選ぶのを手伝ったのですよ」


 見守った俺が馬鹿だったと気づくのは、早かった。

 和やかに自己紹介をしていたはずなのに、どうしてまた嫌味っぽい感じになっているのか。


 また間に火花が散って、俺は頭を抱えたくなった。


「あ、あの、御手洗さん」


「えーっと、あなたは……」


「伊佐木です。帝君とは、中学生の時から仲良くしています」


 今度は圭か。

 圭なら、そこまで変なことにはならないだろう。

 俺は頭が痛くて、間に入らずにいた。


「皇子山君の言った通り、俺達が何とかするから、お手を煩わせることはしませんよ。怪我をさせてしまったのは本当に申し訳ないですけど、もう二度とそんなことはさせませんから」


「ふふふ。先程も言いましたが、お坊ちゃまがこれだけの怪我で済んだのは、運が良かったからですよ。こんな怪我を二度と起こさないのではなく、一度だって起こしてはならなかったのです。任せておけるはずがございません」


 駄目だった。

 完全に喧嘩腰になっていて、一番不穏かもしれない。

 これはもう全員と険悪な仲になるまで、終わらないのだろうか。


「……仁王頭です……」


「仁王頭さん、ですか」


 仁王頭、お前もなのか。

 良心だと思っていた仁王頭までもが御手洗に挨拶するのを見て、俺は絶望を感じた。

 仲良くできるとは思っていなかったけど、ここまで険悪になるとも思っていなかった。


 計算の甘い自分を叱りつつ、俺は固唾を呑んで成り行きを見守る。


「……今回、一之宮に怪我をさせてしまって……すみません……謝っても、謝りきれないのは、分かっています……でも、本当にすみませんでした……」


 やはり、仁王頭は唯一の良心だった。

 後ろから後光がさしているように見え、思わず拝みたくなってしまう。


「……私も少し大人気がございませんでした。主人の一大事に、終わったあとにケアすることしか出来ず、気持ちが乱れていたようです。皆様方も無礼な態度をとってしまい、申し訳ございません」


 仁王頭パワーは御手洗にも効いたようで、あんなにみんなを煽っていたのが嘘かのように、深々と頭を下げて謝罪した。


「……俺も感情的になりすぎた」


「……申し訳ありません」


「「ごめんねー」」


「ごめん、なさい」


 それを見た美羽達も気まずげな顔をしながら、ちゃんと謝り出す。

 喧嘩に発展しなくて、本当に良かった。

 もしもそうなっていたら、家を巻き込む事態になっていたかもしれない。


 俺は胸をなでおろし、今回の功労者である仁王頭に近づいた。


「……助かった」


「……何がだ? 俺は別に……」


 礼を言えば、不思議そうな顔をされたので、仁王頭はそのままでいて欲しいと願った。

 どうしてこんなピュアな人が怖がられているのか。


 見た目や家柄で判断してはいけない。

 俺の胸に、その言葉が刻み込まれた。





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