93:みんな心配していたんです



 生徒会室で1日、逃げるように手伝いをした翌日、俺は重い足を動かして教室に向かっていた。

 こうして歩いている間にも、生徒からの視線が痛い。


「……一昨日……」


「四斗辺風紀委員長に……」


「……昨日はなんで」


「もしかして、部屋にいたとか?」


「きゃあっ。それってもしかして」


 好き勝手に噂しているのが耳に入ってきて、否定したかったけど、それをした方が面倒な事態を起こしそうなので聞こえないふりをした。



 そうして何も反応を返さず、教室へと無事に辿り着いた俺を待っていたのは、仁王立ちする仁王頭の姿だった。

 仁王立ちする仁王頭。

 まるでダジャレみたいだ。


 そんなくだらないことを考えていたら、腰を掴まれた。

 そして、そのまま俵担ぎをされる。


「おい! 何するんだ」


「……静かに」


 それだけしか言わない仁王頭は、どうやらお怒っている。

 全身から放たれる怒りのオーラに、俺は口をとざすことしか出来なかった。


 まだお姫様抱っこじゃなかっただけ良かったが、それでもまた運ばれている俺に、生徒のざわめきが大きくなる。


 おい、今もしかして三角関係!? と言った生徒出てこい。

 それは四斗辺さんにも、仁王頭にも迷惑がかかる。

 俺は余計なことを言わないようにと、視線で生徒を黙らせると、その後は大人しく運ばれた。



 何となく予想はしていたけど、連れていかれた先には美羽達5人が待ち構えていた。

 全員いい笑顔をしているから逃げたくなるが、絶対に逃げられないと察したから、仁王頭におろされても走ることはしなかった。


「よお、おそろいでどうした?」


 目的は分かりきっている。

 おそらく説教をするために呼び出したのだ。

 でもあえて分からないふりをしたのは、お姫様抱っこの件に触れられたくなかったからだ。


「帝、分かっているでしょうから、知らぬふりをしても無駄ですよ。私達が何を話しに来たのか、予想はついているのでしょうから、無駄な時間を過ごすのは止めましょうよ」


 最近、美羽には怒られてばかりな気がする。

 それぐらい俺がやらかしているということだけど、もう少し好きにさせてくれてもいいじゃないかと思ってしまう。

 まるで保護者のようじゃないか。


「……一昨日の件だろ。あれは無事に解決した。特に話をすることじゃない」


 心配してくれているのは嬉しい。

 でもこれから先も俺はたくさんの危ないことをするから、いちいち怒られていたら溜まったものじゃない。


 それでも罪悪感から視線をそらせば、美羽が足音を鳴らす勢いで近づいてきて、大きく手を振りかぶった。


 スローモーションのように、美羽の手の動きを、俺は冷静な気持ちで見ていた。

 頬にその手が当たる瞬間もそうだったので、俺は避けることも止めることも出来ず、ただ受け入れる。


 そして乾いた音とともに、頬が熱くなった。

 全力で叩いたようで、どんどん熱を持つ頬に、自然と手が伸びる。


「……なんで美羽がそんな顔をするんだ」


 熱い頬を手で冷ましながら、俺は美羽に尋ねた。

 普通は叩かれた俺がするべき痛そうな顔を、叩いた本人である美羽がしている。


「……だって……」


 今にも泣いてしまいそうな美羽は、弱々しく睨みつけてくる。


「帝はいつもそう……大事なことは何も言わずに、1人で勝手に突き進む。一昨日もそうでした。あなたが殴られて病院に言ったという話を、他の生徒から聞いた私の気持ちが、帝には分かりますか?」


 怒られる覚悟はしていたが、泣かれるとは思っていなかったから、俺はうろたえてしまう。

 他の人がいる中で、まさか美羽が泣きそうになるとは、絶対にありえないことだと決めつけていた。

 プライドや何やらを気にできないぐらい、俺は心配をかけていたのか。


 ここでようやく、俺はその事実に気がついた。


「……悪かった。相談しなくて」


 美羽だけじゃない。

 ここに連れてきた仁王頭だって、険しい顔をしている匠だって、無表情になっている朝陽と夕陽だって、歯を食いしばっている圭だって、みんながみんな心配してくれた。


 今はいない七々扇さんや姫野さん、等々力だって、きっと俺を心配していた。


 それなのに俺は、昨日みんなから逃げてしまった。

 昨日は俺の姿が見えなくて、無事だったのかも何があったのかも聞けず、やきもきしていたのだろう。

 俺が逆の立場だったら、絶対に心配から怒る。


 人が嫌がることをしてはいけません。

 そんな単純なことさえも忘れて、俺は何をしていたのだろう。

 心の中で反省しながら、俺は頭を勢いよくかいた。


「一昨日は2人組に頭を殴られて、空き教室に拘束された。でも縛っていたロープは自力でほどいて、犯人には制裁を加えておいた。それで風紀委員長に犯人を渡した時に、頭を殴られたのを心配されて、病院に連れていかれたというわけだ。検査してもらったけど、何の異常も無いらしい。…………心配かけた」


 一昨日の出来事を包み隠さず話せば、それぞれため息を吐いた。


「……今度は何かを起こす前に言ってください。誰にでもいいから、一人で抱え込まないでください」


 真面目に話したおかげで、美羽の怒りも少しは小さくなったようだ。

 一度目を閉じて、そして何とか笑みを浮かべる。


「次は無いですから」


「分かった」


「心配かけないでください」


「約束は出来ないけど、極力減らす」


「何かする時は、誰かを連れてください」


「あー、善処する」


「絶対です」


「……分かったよ」


「それならいいです」


 美羽に泣かれたらどうしたらいいのか分からないので、素直に謝って良かった。

 ほっと胸をなでおろしていると、美羽がそういえばと手を打つ。


「帝の件、一之宮家にも伝わったようで、正嗣君が来ると言っていましたよ」


「は……? はあ!? いつ!?」


「今日の放課後ですね」


 それはもっと早く聞いておきたかった。

 俺はこれから来る嵐の予感に、また逃げ出したい気分になった。





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