92:時には恐怖を与えることも大事です。休息も必要です。




「これは……正当防衛か……?」


「あ? どう考えても正当防衛だろう。2対1だったし、俺は手足を縛られていたんだぞ」


「まあ、そうなのかもしれないが……でもなあ」


「なんだ?」


「やりすぎなんだよなあ」


 俺は両手に持ってきた、荷物を地面に落とす。

 鈍い音と共に、変な声が聞こえてきたけど、荷物だから気のせいだろう。


「やりすぎ? 俺は背後から殴られているんだからな。殺す以外は正当防衛だろう」


「発想が恐ろしいんだよ。さすがにその思考は危険すぎる」


「冗談だ。そんなしちめんどうくさいことなんか、わざわざするわけがないだろう」


「冗談に聞こえないのが問題なんだよなあ」


 荷物を平委員に回収させて、椅子に座っていた、現在の風紀委員長である四斗辺しとべたまきは大きなため息を吐いた。


 彼は武道一般に優れていて、そして人望に厚い。

 教師からの推薦もあり、風紀委員長になったらしい。

 そういうわけで、龍造寺さんに似たお兄ちゃん感があった。


 一緒にいて安心する空気があるから、出来る限り仲良くしたい。

 だから初めて間近で会う理由が、こんなくだらないものじゃなかったら良かったのに。


 俺は促された先のソファに座り、四斗辺さんの顔をまっすぐに見る。


「改めて見ると、随分とイケメンだなあ。イケメンというよりも、美形という言葉の方が似合うか」


「俺が美形なのは当たり前だ。わざわざ言うことじゃない」


「ははっ。俺様具合も聞いていた通りだ」


 俺に負の感情を抱いていないようで、優しく対応してくれる。

 噂に惑わされないで自分で判断しようとしている様子は、好感を持てた。


「それで? まさか正当防衛だと判断してくれるよな? 殴られた頭が痛いんだが」


「ちょっと待て! まさか手当していないのか?」


「あ? それを持ってくるために、まっすぐにここに来たに決まっているだろ」


「お、前は馬鹿か! まずは傷の手当が先だ!」


 怒りながら勢いよく立ち上がり、俺の方に走ってくる。

 そして、殴られた後頭部の確認をし始めた。


「そんなやわじゃねえよ。別に大丈夫だ」


「最初は大丈夫でも、頭はデリケートなんだ! 後で何が起こるか分からない! 病院行くぞ!」


「は!? 必要ねえって。ちょっと待て!」


 先ほど触った時は少し痛んだけど、血は止まっていたし大丈夫だと思ったんだが。

 四斗辺さんは必死な形相で、俺の頭を確認すると、そのままの勢いで俺の体を抱き上げた。


「な、何するんだ!」


「病院行くんだよ!」


「だからって運ばなくてもいいだろう! 一人で歩ける!」


「何かあってからじゃ遅い!」


 まさかのお姫様抱っこに、俺は暴れるが四斗辺さんは全くひかなかった。

 むしろ俺の方が怒られてしまい、それ以上何も言えなくなる。


 確かに運びやすいのかもしれないが、俺の人権というか性格を考えてほしい。

 俺様キャラがお姫様抱っこで運ばれているのを見られたら、他の生徒になんと思われるか。


 俺は大急ぎで廊下を運ばれながら、現実逃避をするように意識を飛ばした。

 でも嫌でも入ってくる生徒の声に、明日学校に行くのが憂鬱でしかなかった。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「あっはっはっはっは」


「うるせえ」


 あの後、病院で精密な検査を受けて、異常は見られないと太鼓判を押してもらえた。

 四斗辺さんも安心してくれたみたいで、そのあと寮まで送ってくれた。

 何事も無くて良かったと笑って頭を撫でてくれた姿は、龍造寺さんに続く俺の中のお兄ちゃん第2号になった。

 本人には絶対に言わなかったけど。



 そうして次の日、学校へと来た俺を出迎えたのは、雅楽代会長の大爆笑だった。

 どうやら昨日の俺の運ばれる姿は、学園中に一気に広まったようだ。

 完全に黒歴史決定である。


「なあなあ、どんな気持ち? どんな気持ち? お姫様抱っこされて、廊下を大爆走したんでしょ。誰か、写真撮ってないかなあ。言い値で買うのに」


「絶対に止めろ」


「怖い怖い。俺様演技は止めるんじゃなかったの?」


「止めてる。本心からの言葉だ」


 周りでおちょくってくる雅楽代会長に、俺は恥ずかしさとうざさから雑に扱う。

 それでもめげないので、無視することにした。


 俺のお姫様抱っこ事件は、もちろん美羽達にも伝わっている。

 それと一緒に、俺が襲われ返り討ちにした話も伝わっている。


 危ないことをするなと言い含められていた手前、わざと捕まったとしても、怒られるのは決定事項である。

 七々扇さんも忠告したのにと、胸を痛めそうだ。悲しそうな顔をされたら、こちらも胸が痛くなってしまう。


 そういうことを全部含めて、今は他の人に会いたくなかった。

 だから今日は、生徒会の手伝いという名目で、生徒会室に逃げ込んでいる。

 ただの時間稼ぎでしかないけど、お姫様抱っこ事件のせいで、顔は合わせづらい。

 昔ならまだしも、今の俺が抱えられる姿なんて、視界の暴力でしかなかったはずだ。


「今日はずっと手伝うの?」


「そのつもり。どうせ今日も仕事は溜まっているんだろ」


「まあ、そうだけどね。帝君が来ると、他の人が呼べないからなあ」


「別に気にしない」


「俺がそうもいかないんだよね。こんな面白いものを、他の人に見せたくないし」


 なんだかんだと言って、俺が無理やり来ても置いておいてくれる雅楽代会長は、いい人の部類だ。

 俺は嫌なことを忘れるためと時間稼ぎのために、書類の整理を始めた。

 話をするのは、明日でも遅くないだろう。


「……絶対、時間があいた方がこじれそうだけどね」


「なんか言った?」


「何にも言っていないよ。書類整理よろしくね」




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