90:1番、油断ならない相手です




「……なんのことだ? 演技だって? 俺のどこに演技があるんだ」


 俺は手をかけていたドアノブから手を離し、ゆっくりと振り返った。

 全く驚いていませんよ。むしろ何を言っているんですか。

 そんな表情を浮かべて、動揺を必死に隠そうとした。


 この人は、どこまで知っている?


 底の知れない笑みは、俺のことをどこまでも知っているような錯覚を起こさせる。

 これがこの人のやり方だと、隙を見せないように警戒しながら、先程まで座っていたソファに戻った。


「そこまで馬鹿にするなんて。俺を敵に回したいのか?」


 心臓が痛いぐらい騒いで、抑えていなければ叫び出してしまいそうだ。

 高圧的な態度で誤魔化そうとするが、雅楽代会長には効いていない。


「そんなことを言うってことは、図星をつかれた感じかな」


 馬鹿にした風ではなく、ただ事実を述べているだけなのが、恐ろしすぎる。

 ここはあくまで認めない方がいいのか、それとも傷を広げる前に認めてしまった方がいいのか。


 俺は数秒考えて、大きく息を吐いた。


「…………それを知って、どうするつもりですか?」


 きっと今認めなくても、いつか認めるしかない状況に持っていかれる。

 それなら早めに認めた方が楽だ。

 そう判断し、俺は演技を止めることにした。


「はは。それが君の素なんだ。普通だね」


「まあ、そんなものでしょう。あんな俺様いるわけがない」


「いやいや、素で俺様な人はいるよ。前に会ったことがあるし」


「うわ、本当ですか。会いたくないタイプですね」


「今の君も、そう思われていたりして」


 俺様演技をやめて、素で対応しても雅楽代会長は特に驚いていない。

 むしろ、いつもより会話がスムーズに運んでいる。


 俺様で話していた時よりも、嫌な感じがしないのは、俺が気を張っていないからか。


「そうかもしれませんね。でも、俺様の方が都合がいいんですよ。色々と」


「それは生徒会長になりたいのと関係している?」


「どうでしょうね。教える必要ありますか?」


「無いね。帝君、素を出すと結構辛辣だね」


「雅楽代会長がそうさせているんじゃないですか?」


 この人を敬う必要は無い。

 本能で勝手に決めつけ、俺は思ったことを何も考えずに口にする。


「そっちの方が面白いよ。俺の前では、ぜひそのままでいて。俺様演技なんかしたら、面白くて吹き出しそうだし」


「ここまでバレたら、演技するのはもう無理ですから、その提案はありがたいです。でも他の人がいる時は無理ですけどね」


「そっか。それじゃあ、2人だけの秘密だね。……2人だけのさ」


「そういうの気持ち悪いです」


 雅楽代会長の雰囲気も、前より少し和らいだ感じがするのは気のせいだろうか。

 そのおかげで、傍から見れば仲良しなんだと思われそうなぐらいは、楽しい会話が出来ている。


「それで、もう一度聞きますけど。わざわざ俺の演技を指摘して、どうするつもりなんですか? 何もなしに、こうしたわけではないでしょう?」


「ああ、そうだね。まあ、ちょっと好奇心もあったんだけど。一応、理由はあるよ」


 はぐらかされるか、煙に巻かれる覚悟をしていたが、雅楽代会長は特に何か対価を求めたりすることなく教えてくれるらしい。

 その方が楽なので、とてもありがたい。

 この人と腹の探り合いをするのは、準備万端の時にしかしたくない。


「俺が生徒会長を辞めて、次の生徒会長は君だ。今回のことで、君が想像以上の能力を持っていることは分かった」


 褒められなれていないから、この後地獄の底に落とす言葉でも言われるのではないかと身構えてしまう。


「でも君のことを見ていて思ったんだ。とてもちぐはぐだなあって。本当に俺様なら、もっと別な形で人がついてくる」


「別の形?」


「別に、帝君のやり方が間違ってると言っているわけじゃないよ。君は君なりに、親衛隊をまとめあげた。その手腕は誇っていい」


 もしかして今日は、変なものでも食べたんじゃないか。

 そう思うぐらいに褒められると、喜べばいいのか微妙な気持ちになってしまう。

 今までのことがありすぎて、素直に受け取れない。


「気づいていないかもしれないけど、鋭い人にはバレるよ。どう見たって、帝君いい子だもん」


「俺が? いい子なわけないですよ。どう見たって」


「えー、自覚無し? 自覚無しで出ているオーラなんて、帝君はやっぱり普通のいい人なんだね」


 そんなに言うほど、俺はいい人なつもりは無いのだが。


「今の帝君の方が、ずっといいね。俺様演技が変だったから、つい意地悪ばかり言っちゃった。そこは謝っておくよ」


「あれ、わざとだったんですか? 俺、ものすごくイライラしました。だから、態度にも結構出ちゃったと思います。……それは、すみません」


 向こうに謝られてしまったら、こっちも謝らないと、悪い気持ちになる。

 渋々といった感じで謝れば、何故か大爆笑された。


「別に謝らなくてもいいのに! しかも相手に伝えるなんて、馬鹿正直だね!」


 そのまま笑い続けて、過呼吸を起こしそうになっているので、俺は落ち着かせるために背中を撫でながら、この人はそこまで悪い人では無いのかもしれないと感じる。

 それでも、油断ならない相手であるのは変わらないのだが。





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