88:みんないい人なんです




「み、帝様……」


「どうした?」


 ヒーローにでも会ったかのように、瞳を輝かせている等々力の勢いに、俺は少しだけ距離を置こうとした。

 でも座っているせいで、それは無理だった。

 そんな行動をしたのを悟られないように、紅茶を飲み、目に付いたカップケーキにかじりつく。


「ん、うまいなこれ」


 チョコチップが入っているそれは、甘さが控えめになっていて、とても食べやすい。

 これは美味しいと、無意識にもう一つに手を伸ばすと、強い視線を感じた。


「……もしかして、食ったらまずかったか?」


 等々力に七々扇さん、姫野さんまで視線を感じて、俺は持っていたカップケーキを食べられずに固まる。

 とりあえず元に戻そうとしたら、それは止められた。


「い、いや! ぜひ、食べてください!」


 興奮気味の等々力の勢いに、俺は戻さずに口に入れる。

 やっぱり美味しい。

 自分好みの味に目元を緩めれば、何故か七々扇さんが机を叩いて立ち上がった。


「一之宮様! そのカップケーキ美味しいですか?」


「お、おう?」


「そうですか! ……良かったね!」


 そう言った先には、恥ずかしそうに頷く等々力の姿があった。


「もしかしてこれ、作ったの等々力か?」


「……はい。ちがっ、いや、えっと……そう、です……」


 カップケーキをまた食べながら聞けば、一瞬否定したが、最後には渋々頷く。

 その顔はまた悲しそうな顔をしていて、否定されるのを怖がっているみたいだった。


 きっとお菓子作りが趣味なのだろうが、それについても色々と言われてきたのか。

 トラウマが、いくらなんでもありすぎだ。

 全てが地雷なのかと思うぐらい、扱いには細心の注意が必要である。


「もっと自信を持て。これは上手い。とてもよく出来ている」


 あまりへこましたままだと戻らなくなる可能性があるから、俺は機嫌を直してもらうために、テーブルから手を伸ばして頭を優しく撫でた。


「ありがとうな。また作ってくれ」


 これで上手くいくとは自分では思えなかったが、腐っても俺の親衛隊だから喜ぶかもしれないと手が勝手に動いていた。


「あ、わり。嫌だったか」


 でも下を向いて、震え出した等々力に、俺は慌てて手を離そうとする。


「……う、嬉しいです」


 それはあまりにも小さな声だったから、聞き逃しそうになった。

 こんなに近くなければ、多分聞こえなかっただろう。


「ありがとう、ございます」


「……完全におちましたね」


 頬を染めてはにかむ等々力に、また美羽が呆れた声で言ってきた。


「これだから無自覚は……」


「皇子山様も大変でしたね。お気持ちお察しします」


「あなたも苦労しますよ。これから」


 そして、七々扇さんと分かりあっている。

 俺に対し、保護者的な立場で話しているようだけど、どこか納得出来ない。

 まるで俺が、トラブルメーカーみたいな言い方をしている。完全に否定出来ないところではあるけど。


 俺はプルプルと震えている等々力に癒しを感じながら、片手で残りのカップケーキを食べた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 お茶会が一段落し、等々力が作ってくれたお菓子をあらかた食べ終えると、俺は紅茶を飲んで小さく息を吐く。


「どれも美味しかった。……それで、早速本題に入るんだが、今の俺の親衛隊の状況を教えろ」


 このお茶会の目的は、進行を深めることも含まれているが、1番の理由は違う。

 現状の把握と改善策を考えるため、こうして集まってもらった。


「……状況は、はっきり言ってあまりいいものではありません」


 真っ先に答えてくれたのは、七々扇さんだった。

 親衛隊隊長ということもあり、責任感から申し訳なさそうな顔をしている。


 それにしても、俺の親衛隊も治安が良くないのか。

 分かっていたことだったけど、あらためて事実を突きつけられると、少し胸が痛くなる。


「俺に近づく生徒に、制裁とかをしているということか」


「……はい。禁止にしてはいるのですが……」


「一之宮様を慕っているから、暴走してしまうんです!」


 姫野さんも会話に加わってきたのだが、その話し方はどこか制裁に賛成している空気を醸し出していた。

 やはりこのままにしていたら、さらに暴走が加速してしまう。


 手遅れになる前に、進路方向を変えることが出来そうなので、内心でほっとする。


「まあ、気持ちは分からなくもない部分はある」


 好きな人に、よく分からない人が近づこうとしていたら、邪魔してしまいたくなる。

 恋や憧れは人を盲目にする。

 しかも今は学生。間違ってしまうのは当たり前だ。


「でも、誰かを傷つけていいわけじゃねえ」


 それに俺をすきだと言ってくれる人達に、加害者になってもらいたくもない。

 みんな仲良くは理想論かもしれないが、誰かを傷つけたり蹴落としたりしなくても、大丈夫なんだと分かってもらいたい。


「そんなみっともないことをして、俺に好かれたいと思っているのならお門違いだ。俺の親衛隊を名乗るのなら、もっと賢く動いてもらわなきゃな」


 この学園を変えるため、俺自身の親衛隊を変える。


「……これから、どうするつもりですか?」


 決意の固い俺に、等々力が恐る恐る聞いてきた。

 もしかして親衛隊を解散するのではと、心配しているのか。

 俺は安心させるために頭を撫でると、悪い笑みを浮かべた。


「なあに。簡単なことだ。ようは制裁なんてする必要を無くせばいいんだろう」


 俺の前世の知識にかかれば、こんな問題簡単に解決してみせる。





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