87:お茶会で親交を深めましょう




「あ、あの。一之宮様」


「なんだ?」


「一之宮様は、生徒会長になろうとしているんですか?」


「誰がそんなこと……まあ、そのつもりではある」


「やっぱり、そうなんですね!」


 男のはずなのに可愛らしい声で、凄いと言われて嫌な気分にはならない。

 俺は紅茶を飲みながら、尊敬の視線を向けてくる人達を、逆に観察する。


 七々扇さんが連れてきた、親衛隊幹部は2人。

 本当はまだまだいるとのことだが、今回は初めての顔合わせというわけなので、少なくしたと言っていた。


 1人目が、親衛隊副隊長。

 姫野かな。

 完全に親は女の子だと思ってつけた名前だが、幸運なことに本人に合っていた。


 もう高校生であるのに、成長期が来ていないのだと思うぐらい、小さくまるで小動物のようだ。

 くりくりとして潤んだ目は、確かにチワワと物語の中で言われるのもうなずける。


 こんなに虫も殺せないような可愛らしい容姿をしているのに、放置していたら過激派になってしまうのだ。世の中恐ろしい。


「帝様と、こんな近くでお話が出来るなんて」


 ただ今は純粋に俺を慕っている、まだまだ見た目と中身が一致した可愛らしさである。

 それでも親衛隊副隊長になっているのだから、それなりの手腕はあるのだろうけど。


 俺命、と言った雰囲気が出ているので、きちんと向き合えば、おかしなことにはならないはずだ。

 この人は言っては悪いけど単純に見えるので、たぶん矯正するのは簡単だろう。



 問題は、もう1人の方だ。

 先程から視線を感じているのだが、あえて無視していた。

 美羽も同じようで、俺に視線で訴えてくるが、触れようとはしなかった。


 これは俺が聞くしかないのか。

 俺はただじっと見てきているその人に、恐る恐る声をかけた。


「……名前は……?」


 それ以外に聞けなかったのは、雰囲気が怖かったせいもある。

 最初にこの場所に来た時から、まっさきに彼は目に入っていた。

 でも触れられなかった。


 その人の見た目は、動物に例えると熊だった。

 たぶん2m近いのか、見上げるぐらいの身長。

 それに見合った体格。

 全体的に濃い顔をしていて、森で番人をしていると言われても信じてしまいそうな容姿だ。


 そんな人が、終始こちらを睨みつける勢いで見てきている。

 触れられなかったのも、仕方がないだろう。

 でも何なのかを聞いておかなければいけないと思い、ここに来てようやく名前を聞くことが出来た。


 見た目的には俺を好きというよりは、俺の親衛隊が好きといったふうに見える。

 親衛隊の親衛隊は作れないから、一緒の隊に入るという話は聞いたことがあるので、きっとそういった類いだろう。


 それなのにここに呼ばれたということは、俺に一言申したいと言った感じなのか。

 さすがに美羽と2人でも、苦戦するだろう体格の良さに、俺は刺激しないように優しく問いかけた。


 その大きな手のせいで、おもちゃみたいに小さく見えるカップを置いて、彼は深々と頭を下げてくる。


「自己紹介が遅れてしまって、すみません。俺の名前は、等々力とどろきつよしです」


 落ち着いた雰囲気で、そして丁寧な話し方に、殴られる可能性は消えた。

 でも、まだ他の可能性は残っている。


「えーっと、等々力さんは、俺の親衛隊なんだよな?」


「はい。同い年なので、呼び捨てで構いません」


「マジか。……えっと、俺を目的にして入ったのか?」


「……はい。すみません」


「なんで、そこで謝る?」


 もう一つの可能性を確かめようとしたら、何故か急に謝られた。

 さらには大きな体を、必死に縮ませようとしている。


 まるで恥ずかしがっているかのような姿に、俺は嫌なものを感じた。


「い、いや、だって。俺みたいなのが親衛隊で、嫌でしょう?」


 今までじっと見てきたくせに、視線をそらして眉を寄せている。

 怒っているのだと間違えそうな表情だが、泣こうとしているのを耐えようとしているのだと分かった。


 俺に罵声を浴びせさせられると想像して、不安になっているのだろう。

 どういう経緯で俺に好意を抱いてくれたのかは知らないが、親衛隊に入ったのを後悔してうそうな雰囲気を醸し出している。


 もしかしたら親衛隊で、何かを言われたのかもしれない。

 俺の親衛隊は七々扇さんや姫野さんみたいな人ばかりだろうから、等々力は異質だったはずだ。


 心無い言葉を言われたとしても、不思議じゃない。

 その言葉を俺も言うと思っている等々力に、沸点の低い俺は完全に切れた。


「嫌? 俺がそんなくだらないことを言うと思っているのか? そうだとしたら、見誤っているな」


「……あ、すみませ……」


「何について謝っている? どうして俺が怒っているのか、本当に分かっているのか?」


 何も言えなくなったということは、俺が何に怒っているのか理解していない。

 俺は怒りのままに、さらに畳み掛ける。


「等々力、お前は俺の親衛隊なんだろう。その気持ちを隠したり、自信が無いと思うなら、親衛隊なんてやめちまえ」


「……それは嫌です」


「嫌だと思うのなら、もっと自信を持って堂々としていろ。俺の親衛隊なんだからな」


「は、はい」


 さすがに言いすぎたかと思ったが、等々力の表情は負の感じが無かったから、たぶん俺の言葉は間違っていなかったのだろう。


「……全く」


 美羽の呆れた声が聞こえてきたけど、聞こえないふりをした。





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