85:まずは自分のところから始めましょう




 俺の親衛隊隊長になる予定の七々扇さん。

 やはり今の段階から、好感度は高いようだ。


 俺のことを直視できずに、こちらをちらちら見て、そして頬を赤く染めている。

 おそらくそういった意味で好かれているのだろうけど、気持ちに応える気はまったくなかった。


 残酷なことかもしれないが、下手に気を持たせて捨てるよりはマシだと思いたい。


「えっと、七々扇だよな」


「ぼ、僕の名前を知っているんですか!」


「有名だから、当たり前だろう」


「いえ、そんな。名前を知っていただけているだけで、感激です。僕のことを少しでも気にかけていてくれたなんて」


 好かれているのは嬉しいことだけど、ここまで盲目的だと、少し居心地が悪い。

 俺は視線を数mm外し、その表情を目に入れないようにする。


「そんなことはとにかく、頼みたいことがある」


「はい! 喜んで!」


 まだ何をしてもらいたいのかも言っていないのに、返事がとても威勢がいい。

 本当にそれでいいのかと、心配になるレベルだ。


「まだ内容を言ってない」


「どんな内容だろうと、あなたが僕を選んで頼もうとしているのですから、どんなことでも引き受けます」


 そこまで好かれる理由に心当たりがなく、俺は微かに痛む頭を押さえて、気持ちを切り替える。

 了承してくれたのだから、話がスムーズに運んで良かったじゃないか。


「あー、まあ、助かる。それで頼みたいことと言うのがだな」


 その盲目さを考えないようにして、俺は頼みごとを伝える。


「……それは、とても素晴らしいですね!」


 今のこの学園では荒唐無稽で、頭がおかしいと言われかねない内容だったが、さすが俺を好きなだけあって、肯定の言葉が返ってきた。

 俺としても一種の賭けだった部分があるから、その返事に安堵する。


「だがな、これを浸透させるために、やらなきゃいけないことがたくさんある。問題も山積みだ。認めたくはないが、俺一人じゃどうにもならない」


 この人なら、きっと助けてくれる。

 そんな確信が持てたので、俺は手を差し出した。


「……手伝ってくれるか?」


 七々扇さんは俺の手を見つめ、そして目を輝かせた。


「はい、もちろん!」


 力強く握られ、俺は学園を変えるための仲間を手に入れた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 何故、七々扇さんを選んだのか。

 それは親衛隊を、きちんとした組織として機能させるためだ。


 今の無法地帯の状況を改善させるためには、まずお手本となるものを見せる必要がある。

 それを、七々扇さんと一緒に作っていこうという計画だった。


 今から自分の親衛隊も手綱を握っておくことは、のちのちプラスになる。

 物語では放置していたせいで、親衛隊はやりたい放題していた。


 目の前の七々扇さんはその筆頭であり、今はこんなに優しそうな雰囲気なのに、過激派と呼ばれるぐらいえげつないことを平気でする人になる可能性を秘めている。


 人は見かけによらない。

 そんな言葉が頭をよぎりながら、作戦会議を続ける。


「今、非公式に活動している俺の親衛隊は、どのぐらいの規模なんだ?」


「そうですね。僕も正確に把握しているわけではありませんが、おそらく人数は100人を超えるぐらいだと思います」


「もうそんなにいるのか?」


「帝様は目立ちますから、むしろ少ないぐらいだと思いますが……まだ1年生という面で、入りたいけど入らないという人が多いのでしょう。今は様子を伺っている、というところでしょうか」


 まだ入学して1年も経っていないのに、親衛隊が100人を超えているという事実は、顔には出さなかったけど衝撃を与えた。

 そこまで目立ったことはしていないのだが、どうして好かれたのだろう。


 不良を倒したのだって仁王頭の時だけだし、それいがいに俺単体で何もしていない。

 容姿や家柄は、やはり人を判断する上で、大きな割合を占めているのだな。

 その事実に、虚しいものを感じた。


 こうしてうわべだけしか見てもらえなかったから、すぐに裏切られるのだ。

 もっと色々な面で、魅力をアピールする必要がある。


 そのためにも、いまやろうとしていることは大事だった。


「その中で、影響力、発言力を持っているのは何人いる?」


「条件に当てはまる人は何人かいます。その中には、恐れながら僕も入っているでしょう」


 とにかく今は感傷に浸っている場合ではない。

 雅楽代会長は期待しないでいるとは言っていたが、何事も早くやるに越したことはないはずだ。


「声をかけることは可能か?」


「ええ。お望みであれば、今すぐにでも。帝様の言葉だと分かれば、全員喜んで話を聞くはずです」


「今すぐじゃなくてもいいが、呼び出して欲しいんだ」


「きっとどんな用事よりも優先しますので、帝様の都合のいい日で構いません。いつ呼び出しましょうか?」


「そうだな。明日……いや明後日で頼む」


「かしこまりました」


 七々扇に声をかけたのは正解だった。

 ここまで話をスムーズに運ぶには、彼以上に最適な人はいなかっただろう。


 俺はいい味方が出来たと、完全に浮かれていた。

 この人だって、いやこの人こそ物語の中では、1番に俺を見捨てたことを思い出さないようにして、俺はこれからやることだけに集中した。




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