84:仲良くなれたのはいいけど……次に待っているのは




 次の日、教室で待っていた俺の元に、仁王頭は少し顔をしかめて来た。


「……お、はよう」


「よう。ちゃんと来たな」


 そして絞り出した挨拶に、クラスが何事かとざわめく。

 仁王頭が久しぶりに来ただけでも、すでに騒ぎになっていた。

 更には俺と親密になっているのを、やり取りで察して、騒ぎが大きくなる。


 俺と仁王頭が仲良くなったことを、信じていなかった人が未だにいたみたいだけど、これで学園中に広まるだろう。


 誰になんと言われようが、決して離すつもりは無い。

 俺はそれを示すために、席に座る前の仁王頭に近づいて、肩を組んだ。


 途端にざわめきが大きくなり、誰かが信じられない、と言った声が聞こえてきた。


「……もしかして、なにか弱みでも」


 続けられた言葉に反応して、足が目の前の机を蹴り上げてしまった。

 大きな音を立て、他の机やイスを巻き込みながら飛んでいったそれを、冷めた目で見ながら忠告をする。


「もしも余計なことをしたら……潰す」


 家的にも物理的にも。

 付け加えなかったけど、きっと伝わったはずだ。

 勢いよく頷いた周りに、俺は髪をかきあげながらさらに宣言した。


「俺と仁王頭は仲良しだからな。変な気は起こすなよ。分かったな」


 それに対して、勢いのいい答えが返ってきたことに満足すると、肩を組んでから大人しい仁王頭に視線を向ける。


「……大丈夫か?」


 そう声をかけてしまったのは、仁王頭の顔が心配になるレベルで真っ赤になっていたからだ。


「だ、だ、だい、じょうぶ、だっ」


 全く大丈夫そうでは無い返事に、俺は体調が悪いのではないかと思い、額に手を当てた。


「熱は無いな……久しぶりだから、人に酔ったか?」


 平熱なことに安心するが、体調が悪いのだとしたら心配だ。


「辛いなら保健室に……って、仁王頭? どうした?」


 歩けないぐらい酷ければ、保健室まで付き添いしていこう。

 そう決めて呼びかけようとしたら、仁王頭が真っ赤な顔を手で覆い隠し、ブツブツと呟いていた。


「……無理……死ぬ……」


 死ぬとは言っているが、なんとなく元気そうだ。

 でもこうなる理由が分からず、説明を求めるために周りを見た。


「……一之宮様って……」


「そうだったんですね」


「意外」


「仁王頭様……大変」


 なんだか生暖かい視線を向けられながら、どこか納得した顔をされる。

 仁王頭に対して同情している人もいて、俺はただただ戸惑うしかなかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「上手くいったようで良かったね」


「……ちっ」


「いたわっただけなのに、なんで舌打ちするかな。あはは」


 ものすごく来たくなかったけど、約束をしたから生徒会室にいるのだが、早くも帰りたくなっていた。

 うさんくさい笑みを浮かべた雅楽代会長に、俺は舌打ちをすると、ソファに深々と寄りかかる。


「マスターキー返す。…………まあ、助かった」


 この人に感謝の言葉を伝えるのは、必要以上に労力を使う。

 それでも助かったのは本当なので、顔を精一杯逸らしながらお礼を言えば、愉快そうに回転椅子に座り回り出す。


「帝君が俺にお礼を言うなんて! 今日は赤飯でも炊いた方が良いかもね!」


 人の神経を逆撫でするのが、本当に上手い。

 俺は殴りたくなる衝動を必死に我慢して、さっさと帰ろうと話を進める。


「それじゃあ、これから学園の風紀を正していけばいいんだろう」


「うん、そうだね。それが約束だから、やってくれないと困るな」


「ちゃんとやるさ。……でも俺1人では、どうしようもならない場面がある。その時は誰かの力を借りてもいいか」


「1人で全部出来るとは、俺だって思っていないよ。そこまで鬼畜じゃないからね。もし風紀を正すことが出来るのなら、俺だって協力は惜しまないつもりさ」


 いけすかないけど、なんだかんだいっても生徒会長である。

 きちんと学園のことを思って言っているのは感じ取れたから、俺は視線を逸らしながらも力強く頷いた。


「この学園を俺が変える。期待して待っていろ」


「まあ、ほどほどに待っているよ」


 それに対して雅楽代会長は、軽く手を振って答えた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 雅楽代会長に宣言した俺は、まっさきにあることをした。


「一之宮様……お呼びですか?」


 それは、とある人物を呼び出すことだった。


「ああ、急に呼び出して悪かったな」


「い、いえ。こうして話が出来るだけで、嬉しいですから」


「別に敬語じゃなくていい。同い年だろう」


「そ、そそんなことは出来ません。いくらなんでも無理です」


 一つ上であるのに敬語を外さず、俺に対して腰の低いこの人物。

 着物の似合いそうな、和風の美人。

 涼し気な目元に、すっと通った鼻筋、薄い唇は手入れをしているのか艶めいて見える。


 美羽とは正反対のベクトルで、中性的な顔立ちをしていた。

 きっと服装によっては、女性だと勘違いされることがありそうだ。


 そんな美人が、俺に急に呼び出されたにも関わらず、文句一つ言うことなく、むしろ嬉しそうに俺の次の言葉を待っている。


「それで、話とは何でしょうか?」


 彼の名前は、七々扇ななおうぎ五十鈴いすず

 これから俺の親衛隊隊長になる人である。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る