83:布団の中にくるまっているのは、みんな同じです




 目の前には、布団の塊。

 俺が入って一瞬動いたが、あとは山のように動かない。


「……仁王頭」


 また動いた。

 眠ってはいないようで、俺の声に反応はするけど、出てくる気配は無さそうだ。


 なんだか、正嗣の時のことを思い出してしまい、自然と頬が緩んでしまった。


 あの時は、どうやって中から出てきてもらったんだったか。

 俺は記憶をたどって、自分が何をしたのか思い出す。


 そうだ、あの時は確かこうして。

 俺はベッドの山の脇に座り、一番高いところに、そっと手を置く。

 ビクリと震える気配がしたが、それ以外に動きはない。


 文句を言われないのをいいことに、俺はそのまま一定のリズムで、布団を叩く。


「仁王頭……なんで学校に来ないんだ?」


 叩くだけだとなんだから、俺様口調ではあるけど優しく声をかける。

 そうすれば、また微かに動いて、そして止まった。


「仁王頭がいないと、なんか外が眩しいんだよ。これじゃあ、授業にも集中できねえ」


 返事が無いのは、前の件もあったし慣れている。

 俺は手を動かすのを止めないで、一方通行の声をかけ続けた。


「何が嫌だった? もしかして、美羽達に言われたことか? それなら気にすんな。あいつらも、完全に悪気があって言ったわけじゃないからよ」


 仁王頭が学校に来ないことに関して、美羽達も何かしら思うのか、これだから不良はと言いながらも、その目は動揺していた。


「学校に来るの待っている。早く来いよ。体調が悪いわけじゃないんだろう? 来てくれたら、まー、そのー……嬉しいから」


 来るのを待っているのは、俺だけじゃない。その気持ちを込めて、少しだけ叩く手に力を入れれば、中の方からくぐもった声が聞こえてきた。


「……俺は……」


 途中で遮ると話してくれないかもしれないから、俺は返事の代わりに布団を叩く。


「……俺の家は、迷惑になる……俺と一緒にいたら、色々と言われる……」


 ポツポツと話し始めた言葉は、本心なのだろう。

 遮らなかったおかげか、今までで1番話している。


「……迷惑には、なりたくない……俺を怖がらなかった……初めて……」


 今まであえて言わなかったけど、仁王頭の話し方はたどたどしい。

 つまりながら話すせいで、少しの話もだいぶ時間がかかってしまう。


 元々なのか、それとも誰とも話さないからこうなってしまったのか。

 どちらにしても、ずっとこのままじゃいられないだろう。


「……一之宮は、不思議だ……ずっと話しかけて……俺の家、気にしないって言った…………嬉しかった…………でも、この気持ちは、迷惑になる……」


 嬉しいと言っているくせに、突き放そうとしている。

 仁王頭の考えとしては、俺に迷惑をかけたくないし、嫌われたくないから、傷つく前に離れようといった感じか。


 それを優しさというのかもしれないが、そうやすやすと許すわけがなかった。



 俺は叩いていた手を止めて、仁王頭がいる布団の塊に向き合う。


「一緒にいることで迷惑。それは誰が言ったんだ?」


「……誰って……」


「俺が言ったのか? 俺がいつ、一緒にいて迷惑だと言った? 教えろよ」


「……それは……」


 俺の言葉に何も返せないからか、黙り込む仁王頭。

 頑なな態度に、俺はまた正嗣のことを思い出した。


「俺は好きで一緒にいるんだ。打算でも、計算でも、何でもない。一緒にいたいからいる。それを邪魔する権利は、仁王頭にだって無いからな」


 なんて俺様発言だと、自分でも思うけど、こういうタイプには強引にいくぐらいが合っている。

 断る隙を与えないように、言葉を続ける。


「だからよ、周りの目とか家とか、そんなくだらないことは考えずに、俺のそばにいろ。周りの言葉なんて気にならないぐらい、楽しませてやるから」


 最初はキャラだから近づいたが、今の俺は純粋に仁王頭と友達になりたいと考えている。

 本来だったら、不良の頂点になる仁王頭は、ただ不器用で口下手なだけだ。


 実はとても優しい彼と、一緒にいたらさらに楽しい学校生活になるだろう。

 そして周りの目が気にならなくなるまで、一緒にいたい。

 心の底から、学校を楽しいものだと思ってもらいたい。


 仁王頭を、1人にはしたくなかった。

 おそらく1人にしたら、全てに絶望し、他人を寄せ付けない未来が待っている。

 それは、俺を破滅に近づける1歩になってしまう。


 ここは今まで色々な人達を仲間にしていった、俺の手腕が問われるところだ。


「くだらないことは考えなくていい。仁王頭は俺と一緒にいたいのか? いたくないのか? どっちなんだ」


 返事は無い。

 もう一押し必要か。


「俺は一緒にいたい」


 布団がゆっくりとめくれた。

 中から真っ赤な目が覗く。


「……れも……」


「ん?」


「……俺も、一緒にいたい」


 小さな声だったけど、俺にはよく聞こえた。

 俺は泣いたせいで赤い目元に触れて、そして今だけは俺様演技を封印し、仁王頭に笑いかけた。


「よく言った」


 そして特に何も考えず、頭を撫でる。


「……ずるい……」


 別にずるいことをした覚えは無いのだが、顔を真っ赤にさせて、布団に顔をうずめるので、


「えーっと……悪かった?」


 とりあえず謝っておいた。





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