82:誠実に頼み事をしましょう
「それで? 帝様は俺に何を頼むのかな?」
「様をつけるな。気持ち悪い」
「そんなに怒るなんて、心が狭いね。もっと楽しく生きようよ」
「お前は楽しく生きすぎだ」
最初は雅楽代に対してきちんとした対応をしていたのだけど、段々と面倒くさくなって、今は雑な対応をしている。
それには何も言ってこないから、どうでも良くなっていた。
嫌われようがどうでもいい。
むしろ嫌われた方が、いいのではないか。
そう思ってしまうぐらい、雅楽代会長が何を考えているのか読めなかった。
「何を頼みたいのか、どうせ知っているんだろう」
「それが人に物を頼む態度かなあ」
「……ちっ。ヨロシクオネガイシマス、ウタシロカイチョー」
「ははっ。すっごい棒読み」
この人に弱みを見せるのは嫌だが、俺の知っている中で、仁王頭と会うのにこれ以上の適任がいない。
俺は顔をひきつらせながら、精一杯下に出て頼み込んだ。
いやいや言っているのはすぐにバレたけど、どう取り繕ったところでバレるだろうから、別に気にしない。
「仁王頭の部屋に入るための、マスターキーをくれ」
そして回りくどい話をする必要も無いので、さっさと本題に入る。
「ははっ。いや、オッケーって言うと思った? さすがにマスターキーは駄目でしょ」
手を差し出して言えば、吹き出される。
「ごちゃごちゃうるさい。俺が欲しいって言っているんだから、さっさと渡せ」
「それは横暴じゃない? 俺だって、生徒会長を任されているんだからさ、プライバシーを守らなきゃいけないんだよね。それなのに、どの部屋にも入れるマスターキーを人に渡したとなったら、責任問題になっちゃうだろう」
真面目な顔をして言っているが、絶対に本心ではない。
現にニヤニヤと、俺の出方をうかがっている。
「……何が望みだ」
「俺はそんなこと言っていないけどなあ。まあ帝君がそう言うのなら、親切を無駄にするわけにもいかないよね」
自ら頼み事を言わず、俺から話すようにしむけたのは、主導権を握るためだろう。
「あのさあ。この学園の風紀が悪いと思わない?」
「風紀? まあ、そうかもな」
物語で知っているよりも、この学園の現状は酷い。
親衛隊という制度が、まだ確立していないせいで、人気のある生徒に対してストーカーまがいのことをしたり、近づく人に対しいじめをしたりしている。
親衛隊が完璧とは言えないが、それでも上手く管理をすれば、心強い味方になる。
その環境上手く整備されていないことを、気になってはいた。
でも今の俺に何かができる訳では無いから、歯がゆい思いをしながら、放置していたのだが。
これはいいチャンスなのかもしれない。
「俺がその乱れた風紀を、どうにかしろってことか?」
「話が早いねえ。その通り。マスターキーを渡す代わりに、この学園をより良いものにしてもらいたいんだ。君は生徒会長になりたいんだから、学園のために動くのは当たり前だろう?」
「はっ。ようは体のいい雑用係か」
嫌な顔をするけど、断るつもりはなかった。
それでもすぐに頷かないのは、簡単に了承するのはムカつくからだ。
「まさか出来ないとは言わないだろう? これしきのこと」
でも時間稼ぎをしていれば、さらにムカつくことを言い出した。
わざとなのは分かっているので、俺は睨みつける。
「出来ないとは言わない。でも、俺はさっさとマスターキーが欲しい。だから、成功報酬ではなく、先払いでもらおうか」
全てを思い通りにするわけにはさせない。
その気持ちを込めて、手を差し出せば、また面白そうに笑う。
「ふーん。ま、いいよ。別にそこにはこだわっていないからね。先払いしてもいいよ」
そこは簡単に頷いてくれたので、俺は顔には出さないが安心する。
「ほら、早く行ってきなよ。部屋の中で待っているんじゃない? 帝君が来るのをさ」
「ちっ。終わったら、また来る」
差し出された鍵を受け取り、俺はさっさとこの場から離れた。
後ろから笑い声が聞こえてきたが、振り向きたくないから無視をした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
本当に今更かもしれないが、俺は仁王頭の部屋の前で固まる。
「これ……入って大丈夫か?」
マスターキーを貰ったはいいけど、完全に不法侵入だ。
これで入ったら、せっかく上げた好感度を下げるだけじゃないか。
そう思ってしまうと、入るに入れなくなってしまった。
でもここで入れなかったら、次はいつ会えるチャンスが出てくるのか分かったものじゃない。
仁王頭とせっかく一緒に過ごせそうだったのに、また元の関係に逆戻りしてしまう。
それだけは嫌だった。
「……行くか……」
グジグジと悩んでいたって、何も始まらない。
とにかく仁王頭と話をしよう。
俺は深呼吸を何度もすると、機械にマスターキーをかざした。
電子音の後に、ロックが解除される。
「……失礼する」
ドアノブに手をかけ、開いたのを確認し、ゆっくりと中に体を滑り込ませた。
そして情報で聞いていた、仁王頭の部屋の方に進む。
さて、この行動が吉と出るか、凶と出るか。
今の俺には、全く予測がつかなかった。
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