80:受け入れるのには、色々と必要なんです




 いなくなってから、そこまで時間が経ってなかったおかげで、美羽の姿はすぐに見つかった。


 心配していたようには泣いていなかったから、そこは安心するけど、向けられた冷たい視線にひるんでしまう。


「何しに来たんですか? 1人にして欲しいんですけど」


 2人きりなのに口調を崩さないということは、俺の存在を拒絶しているわけだ。

 ここまで頑ななのは、初めて会った時以来じゃないだろうか。


 こんな状況なのに懐かしさを感じながら、俺は言うことを聞かずに近づいた。


「……来ないでください」


 今度は弱々しく拒否をされたけど、俺はすぐ隣に立つ。


「どうせ、匠か朝陽とかに言われたのでしょう。私を追いかけるように。そういう、義理で来られても惨めなだけです」


 片手で顔を覆い隠し、俺に顔を見せようとしない。

 それをわざわざ暴くような趣味は無いので、覗き込むことはせずに、横に立って真っ直ぐを見る。


「別に、言われたから追ったわけじゃない。俺が来たいと思ったから、来ただけだ」


「信じられませんね。現にここに来るまでに、少し時間がかかったじゃないですか」


「それは少し話していたせいだ。でも、すぐに見つけられただろう?」


「……信じられませんよ……」


「何でだ?」


 俺が何を言っても、否定の言葉が返ってくる。

 その声は弱々しくて、先ほど顔を見ていなければ、泣いているのかと思ったかもしれない。


「なんで俺を信じられない? 俺はいつも正しいことしか言わないだろ」


 美羽と2人きりになっても、俺は俺様を崩さない。

 このキャラ変は、本当に変わったのだと周知させるためだった。


「俺は嘘をつかない。特に美羽にはな」


「それなら何故……」


「あ?」


「それなら何故、仁王頭にかかりっきりになっていたんですか!?」


 突然の叫びは、美羽の心からの訴えが込められていて、俺は思わず息を飲んだ。


「クラスが変わったことも、ちゃんと納得出来ていないのに。あなたは仁王頭と仲良くなると勝手に決めて、私達のことなんか放置して、仁王頭に話しかけてばかり」


 未だに顔を隠しているから、どんな顔をしているのか見えない。

 それでも、いい顔をしているわけがないのは確かだった。



「何も言わないでいました。言って面倒だと切り捨てられたら、あなたが私に負の感情を抱いたら、そんな想像をしてしまったら言えるわけがありません」


「そんなこと……」


「絶対無いなんて、そう言い切る自信が、私は持てなかったんです。あなたとの付き合いの長さは、自負しております。でも、それでも、時々あなたのことが分からなくなるんです」


 感情を抑えるためか、顔を掴む手に力が入っている。

 この本音も、きっと言うつもりは無かったはずだ。

 でも耐えきれずに言ってしまうぐらい、美羽を知らないうちに傷つけていた。


「あなたは、私に弱さを見えない。そして何かを隠している。それがなにか、私はずっと知りたいと思っています。でも教えてくれないということは、私は頼りないと思われているのと同じ意味です」


 ちゃんと頼りにしている。

 その言葉は口に出来なかった。


 弱さを見せず、そして隠し事をしている俺が、言っていい言葉じゃない。


「それでも一緒にいられれば、まだ満足出来ました。……でも、でもあなたは、私達から離れて、新たな誰かを魅了し始めた」


「魅了って……」


「私は変なことは言っていませんよ。あなたに気にかけてもらえた人は、時間の差はあれど、あなたに知らず知らずのうちに魅了されるんです」


 そこで深い息を吐いた美羽は、手を外して俺を見た。


「みんなそうですよ。私も、匠も、朝陽も、夕陽も、圭も、仁王頭だって。あなたに魅了されています」


 その顔は泣いていなかった。

 でも泣いていた方が楽なんじゃないかというぐらい、悲痛な色に染まっている。


「私だけのものしたい。誰にも見せたくない。……無理な話だというのは、私が1番分かっています。でも、そう願わずにはいられないのです」


 俺の方を向いた美羽は、そっと抱きついてきた。

 まるで子供のようで、俺は突き放すことなど出来なかった。


「……美羽」


「今だけです。今だけ、こうして2人きりでいさせてください」


 さらに力を込めて抱きしめられ、泣きそうな声で言われてしまえば、自然とその背中に手を回していた。


「私は、きっと寂しかったんです」


「そうか」


「仁王頭にばかり気を取られて。高校に入ってから、私と何を話したのか覚えてますか? ほとんど何も話していませんよ」


「そういえば、そうなのかもな。悪かった」


「……いいんです。あなたは無駄なことはしません。だから仁王頭に近づいたのも、何か目的があったからなのでしょう。頭では分かっていたんです。でも納得出来なかった」


「今度、2人で飯でも食うか。匠達にはあらかじめ言っておけば、邪魔はしてこないだろう」


「楽しみにしておきます。……帝」


「なんだ?」


「……今じゃなくてもいい。いつかは頼って」


「……おう」


 一定のリズムで背中を叩きながら、俺は美羽の願いに頷いた。

 さすがに申し訳なかったので、しばらくは美羽を甘やかそうと決めた。


 あとは匠達のフォローも忘れておかないように。

 美羽ぐらい、拗ねさせたら面倒だからだ。

 俺はしばらくかかるだろうフォローの期間を予想しながら、仁王頭も何とかしなくてはと考える。


 これから、やることがいっぱいだ。

 でも、なんとかやらなくては。




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