78:手なずけられたのかな?




 ナイフを持ち出した男は、一応死んではいない。

 さすがに殺人事件を起こすわけにはいかないので、仁王頭のことは止めた。


 それでもナイフを出された正当防衛として、少し見ていたことは確かである。



「帝君、無事だったかな!?」


「ああ。俺は無事だ」


 だから学園長室で、神楽坂さんが珍しく焦った様子で聞いてきても、普通に答えた。


「君が不良に絡まれたと聞いて、さらにはナイフを向けられたと聞いて、心臓が止まるかと思ったよ」


 大丈夫だと答えたのに、全身をくまなく触られ、怪我がないのを確認される。


「良かった。一之宮さんから預かっている大事な体だからね。傷一つだってつけられないよ。帝君に怪我がなくて、本当に良かった」


 怪我が無いのが分かると、大きく息を吐いて、体の力を抜く。

 そこまで心配させてしまったのかと申し訳ない気持ちになったが、俺が大事というよりも一之宮の跡取りが大事なのだろう。


「本当に大丈夫だ。仁王頭が助けてくれたからな」


「仁王頭君が……?」


「ああ、そうだ」


 俺は早めに話を終わらせようと、仁王頭が助けてくれたことを説明しようとすれば、神楽坂さんが眉間にしわを寄せた。

 仁王頭が俺を助けた、その事実が気に食わなかったようだ。


「仁王頭君と、帝君は仲がいいのかな?」


「そうだな。何か不都合でも?」


 嫌な顔をして笑うから、つい不機嫌になってしまう。


「帝君を助けたことは礼を言いたいが、仲良くするというのは……私としては反対だ」


 でも俺の不機嫌をものともせず、神楽坂さんは仁王頭を睨みつける。

 威圧感のあるそれに、仁王頭は視線を合わさず、俺の隣に立っていた。


 どこを見ているのかは分からないが、いつものように空を見ているのかもしれない。

 たぶん、好きなのだろう。

 だからずっと、空を見ていたのだ。


 神楽坂さんの言葉は、きっと耳に入っていない。

 それなら俺が相手をするしかないか。


「反対と言われてもな。誰と仲良くなろうが、俺の自由だろう?」


「そうだね、表向きは誰とでも仲良くなれる。しかし人を選びなさい。はっきり言うとね。帝君と仁王頭君は、釣り合わないと思っているんだ」


「釣り合わない。何を言っているんだか。どう見てもお似合いだろう?」


「今は真面目な話をしているんだ。帝君も知っているんだろう。仁王頭君の家のことを。彼の存在は君に悪影響しか与えないんだよ」


 どうしてみんな、仁王頭の家のことにこだわるんだ。

 別に彼自身が何かをしたわけじゃないのに。

 喧嘩をしてもないし、強いて言えば授業を真面目に聞いていないぐらいだ。

 そんな生徒は他にもいる。


 悪影響なんて、どうしてそんなことが言えるのか。


「周りが、みんなうるさいんだよな。仁王頭と俺が仲良くすることに対してよお。俺の勝手だろう。俺が仁王頭と仲良くしたいんだから、仲良くするんだよ」


 ここで言い負かされたら、権力を使って邪魔をされそうなので、俺は強く出る。


「……全く……私が止めていれば……」


「止めていたって、何も変わらない。俺は俺の好きなように、仁王頭と関わっていたさ」


 みんな傲慢だ。

 あらかじめ分かっていたら、俺の行動を止められたかのような言い方は、美羽もしていた。

 止められるわけがないのに。


「なんと言おうと、俺はこれからも仁王頭と一緒にいる。ああ、俺を助けてくれたのだから、仁王頭は正当防衛。お咎めなしだよな」


 これ以上の話は不毛だと、俺は話を切り上げ部屋から出ようとする。


「何かしようとしたら許さないから」


 釘を刺しておくのも忘れない。


「ほら、仁王頭。行くぞ」


「……ああ」


 俺が出ていこうとしているのに、ただ立ったままの仁王頭の腕を掴み、部屋を出る。

 もしかしたら、まだ何かを言いたかったのかもしれないが、きっと俺にとっていい話じゃないだろうから無視した。





 部屋から出ると、隣から強い視線を感じる。


「どうした?」


 無視するにはあまりにも強すぎたので、少し部屋から離れて聞いた。


「……良かったのか?」


 また言葉が少なく、一瞬なんのことだと思ったが、すぐに神楽坂さんとの話だと察する。


「さっきも言ったが、俺は俺の好きなようにする。例え誰であろうと、邪魔はさせない」


 本人に対して言うことでも無いかもしれないけど、こちらに歩みよってきたのだから、もう逃がすつもりは無い。


「嫌がったとしても、付きまとってやるからな。俺のしつこさは、もう知っているだろう? 覚悟しておけよ」


 取りようによってはストーカー発言。

 俺様性格だからこそ、こんなことが言えるのだ。

 キャラ変しておいてよかった。


 もはや悪役みたいなセリフに、仁王頭は目を見開き俺を凝視すると、すぐに表情をゆるめた。


「……そうだな……」


 そして、まるで子供に対するように、俺の頭に手をのせる。

 180cmを超えてから、人に撫でられなくなったので、懐かしい感じに俺もつられて頬がゆるんでしまった。


 慌てて引きしめたが、たぶん仁王頭には見られてしまっただろう。

 俺はごまかすように鼻を鳴らすと、いつもの嫌な笑みを浮かべる。


「これからよろしくなあ。仁王頭」


「……ああ」


 仁王頭の口角が上がったのを見て、俺は安心した。

 たぶん、これで仲良くはなれたはずだ。




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