77:継続は大事です




 背後に感じた気配に、仲間を呼ばれたのかと警戒したが、俺よりも目の前の男の方が脅え始めたので、そうじゃないと分かる。


「ひ、ひいっ。何で、何でこんなところに!」


 ナイフを向けたまま、後ずさりする男は、未だに逃げていないことが不思議なぐらいに震えが強くなっている。

 そんなに後ろにいる存在が怖いのか。

 もしかして先生でも来たのかと思い、ゆっくりと振り返る。


「…………ん?」


 そこにいたのは、知っている顔だった。

 でも何故ここにいるのか、1番不思議な存在だ。


「どうしてここに? ………………仁王頭?」


 絶対にここにいるはずがない、仁王頭。

 何も言わず、俺だけを見て立っていた。


「なんで、仁王頭がここにいるんだよ! まさか仲間か!?」


 確かにこの状況だと、仁王頭は俺の仲間に見えるだろう。

 でも俺は違うと分かる。

 この状況に、最も混乱しているのは俺なのだ。


 もしかして、あまりにもウザイから殴りに来たのだろうか。

 仁王頭を相手にするのは、さすがに分が悪い。


 俺は2人を警戒しながら、距離を開ける。

 一言も話さない不気味な仁王頭は、何を考えているのか全く分からない。


「ひ、卑怯だぞ! 仁王頭なんか呼びやがって!」


 完全に仲間だと信じている男は、また元気を取り戻して、ナイフを向ける。

 でもどちらに向けていいのか迷っているようで、切っ先が安定しない。


「別に仲間じゃねえんだが……」


「嘘つくな! それじゃあ、何でここにいるんだよ!」


「そう言われても……俺が聞きたいぐらいだ」


 動かざること銅像がごとく、そういった感じで立っている仁王頭は、ただ俺だけしか見ていない。

 その視線が強すぎて、居心地が悪いので、俺はナイフに注意しながら尋ねる。


「仁王頭、ここに何をしに来た?」


 声をかけられた仁王頭は、今この状況に気がついたとばかりに、瞬きを何度もした。

 その顔が幼く見えて、少しだけ可愛いかもしれないと思ってしまった。

 男に感じる言葉じゃないが、これがギャップ萌えなのかもしれない。


「……俺は……」


 ずっと俺のことしか見ていない、その目に光が灯った。

 それでも迷子の子供のような、不安そうな顔をしている。


 俺よりも確実に身長の高い、大の男が何故こんなにも庇護欲を誘うものなのだろうか。

 犬の耳としっぽまで見えてくる始末だ。


「……ただ、知りたかった……」


 低く、そして短い言葉では、言いたいことの半分も理解できない。

 言葉が足りなすぎるが、本人が満足してしまっている。

 これで伝わったと思っているのなら、意思の疎通が下手すぎだ。


「仁王頭、もう一声」


 以心伝心するには、まだまだレベルが足りないので、さらなる説明を求めた。

 俺が理解できなかったからか、先程に比べて寂しそうな表情を浮かべてくる。

 捨て犬のような幻覚まで見えてきて、俺は目をこすった。


「……お前は、俺に話しかけてくる。……何が目的なのか……どういう考えなのか」


 尋ねてすぐに答えてくれるから、仁王頭はそこまで悪い人では無さそうだ。

 たぶん、いやかなり、見た目と家のせいで誤解されているのだろう。


 俺のことを無視していたのも、何か理由があったのかもしれない。


「仁王頭。そんなごちゃごちゃ考えなくても、答えはたった1つだ」


 向こうから歩みよってくれたのだから、このチャンスを逃す訳もなく。

 俺は仁王頭に手を差し伸べた。


「俺と友達になろうぜ」


 差し伸べた手と俺の顔を交互に見る姿は、俺の言葉が予想外だったらしい。


「と、もだち……」


「おう。友達」


 友達という言葉を何度も繰り返し、手を上げ下げし始めたので、俺は待ちきれずに手を握ってしまった。


「これから仲良くしようぜ。せっかく同じクラスで、隣の席になれたんだからな」


「……おう。よろしく……」


 話しかけ続けていて良かった。

 諦めなかったからこそ、仁王頭の心をとかせたのだ。


 猛獣をてなずけた気分で、俺は握った手を振る。

 そうすると、仁王頭の表情が少しだけ和らいだ。


「……あ」


「てめえら、俺を無視するんじゃねええええ!!」


 そして口を開き、何かを言おうとしていたのだが、大きな声に邪魔される。


 いつの間にか仁王頭の方に意識が向けられていて、すっかりその存在を忘れていた。

 というか、まだ逃げていなかったのか。

 そんな失礼なことを考えながら、俺はそちらを見る。


 顔を真っ赤にさせ、目が血走っている姿は、怒りに任せて何をしでかすか分からない危うさがあった。


「俺を馬鹿にしやがって! てめえら2人とも、調子に乗りすぎなんだよ!」


 どうやら無視をするのはまずかったらしく、先程まで震えていたのが嘘かのように、ナイフを構えてこちらに走ってきた。


 向かっている方向から考えて、狙いは俺か。


 冷静に判断した俺は、どう逃げれば刺されないかを落ち着いて考える。

 頭に血が上っている相手だ。

 行動はワンパターンになるから、避けるのは簡単だろう。


 でも相手を戦闘不能にするには、骨が折れそうだ。

 俺は小さく舌打ちをすると、向かってくる相手をまずは避けるために待ち構えた。




「死ねええぇぇえええええ! ぐふうっ!?」




 しかしその姿は、俺の元に来る前に吹っ飛んだ。

 犯人は、無表情に足を上げ、そしてゴミでも見るかのような冷めた目をしながら言い放った。


「……邪魔するな」


 あ、これ死んだな。

 すでに気絶している彼の未来が見え、俺は手を合わせることしか出来なかった。




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