76:時には1人にしてください




「よう、仁王頭」


「……」


「今日はあいにくの曇りだな」


「……」


「明日は晴れるらしいぜ」


「……」


 今日も惨敗。

 俺は全く変わらない仁王頭に聞こえないように、そっと肩を落とした。


 ここまで反応がないと、本当に返事があるのかと不安になってきてしまう。

 1日1回の習慣を終え、俺は落ち込んだまま教室から出た。



「みかみかー、今日も駄目だったのー?」


「ドンマイだねー」


 今日の慰める係は、朝陽と夕陽らしい。

 あの日から、仁王頭に話しかけるのに失敗した俺を、交代で誰かが慰めるようになった。

 いや、少し違うかもしれない。


「もう話しかけるのやめたらー?」


「そうそうー。みかみかの時間がもったいないでしょー」


 慰めると言うよりも、何とか諦めさせようとしてくる。

 さすがに話しかけるのは邪魔してこないけど、それもこの状態が続けば時間の問題かもしれない。


「諦めるわけないだろ」


「「もー、頑ななんだからー」」


 何を言われても諦めるつもりは無いので、俺は素っ気なく返す。

 そうすれば両脇に並び、それぞれ俺の腕を取る。


「振られちゃったみかみかはー」


「僕達のクラスに連行ですー」


 慰めに来た後、何をするのかは様々だ。

 2人きりになるためにどこかに連れ出したり、今日みたいに他が待っている自分達のクラスに帰ったり。

 クラスが離れてしまった分を埋めようと、必死なのだ。



 でもそのせいで、由々しき事態が発生している。

 常に誰かが一緒にいるから、上級生が絡んでくれないのだ。

 これでは、俺の生徒会長への道筋がそれてしまう。


 かといって、1人にしてくれとも言えない。

 この前のことが、少しトラウマになっていた。

 まさか圭まで、あんな顔が出来るとは。

 もう二度と見たくない。


 そういうわけで、俺は望んでいない平和な日常を送っている。

 でも、早く生徒会とは関わっておきたいから、どうにかする必要がある。



 自分から絡まれに行くなんて、どんな被虐趣味だとツッこまれそうだ。

 俺は両脇を固められながら、目まぐるしく頭を回転させた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 作戦は上手くいった。

 俺は学園の外を1人で歩きながら、すでにやり終えた気分になった。


 5人を納得させて1人になろう、それは難しいことかと思われたけど、意外にも今日のうちにすんなり達成出来た。


「あとは、どう絡まれるかだよなあ」


 今俺が1人出歩いているのを、知っている人は少ないだろう。

 早く噂が出回って、後先考えない人が喜んで来てくれればいいのだけど。


「さすがにそんな馬鹿は、この学園にはいないか?」


「おい、そこのお前、ちょっとツラ貸せ」


 フラグというものは、面白いぐらいに回収される。

 俺が誰かいないかと言った瞬間、ものすごいゴテゴテの不良のような声が聞こえてきた。


 その声の方を見れば、髪を金色や茶色に染めた3人の不良が、こちらを睨んでいる。

 顔を見た事がないから、きっと先輩だ。


「お前、新入生代表だった奴だよな?」


「すっげー、生意気だって噂になっているんだよ」


「1年のくせに大きい顔されても困るからさ、少し話しようか」


 ここまで分かりやすい不良が、分かりやすくリンチをしようとしている。

 思わず笑いそうになって、俺は顔を引きしめた。


「何の用だ。俺はそこまでひまじゃないんだよ」


「なっ!」


「てめえっ!」


「調子に乗りやがって!」


 そして挑発すれば、簡単に乗ってくれた。

 にわかに怒り出し、臨戦態勢に入る。

 ここまで予想通りなので、俺はさらに挑発させるために、嫌な笑みを浮かべた。


「はっ。三下が。群れることしか出来ないくせに、一丁前な口聞いてるんじゃねえ。かかってこいよ」


「このやろう!」


 煽りは成功して、1人が殴りかかってきた。

 それに続くように、残りの2人も拳を振り上げて向かってくる。


 俺はそれを軽く避けて足をかける。そして、体勢を崩した背中に蹴りを入れた。


「ぐあっ!?」


 それだけで顔から地面に突っ込んだ1人が、戦闘不能に陥る。


「いてえ! いてえよ!!」


 顔を押さえながら転がる姿に、あまりにもあっさりしすぎて、拍子抜けしてしまう。


「……よわ」


「てめえ!」


「ふざけやがって!」


 思わず声も出てしまい、残りの2人が激昂する。

 でも、また同じように殴りかかってくるという、バリエーションに乏しい攻撃が当たるわけが無い。


 俺はまた少し横にずれて避けると、1人に狙いを定めて、脳を揺らすために勢いよくこめかみに肘打ちした。


「がはっ!!」


 一応手加減したつもりだったけど、これでまた1人戦闘不能になった。


 やはりおぼっちゃま校なだけあって、不良も生ぬるい。

 短時間で2人を戦闘不能にし、俺は小さく息を吐いた。



「……まだやるつもりか? お前も、こうなりたいか?」


「……ひ」


 地面に伏せた姿を冷めた目で見て、そして残りの1人に視線を向けると、仲間のいなくなったせいなのか可哀想なぐらい青ざめている。

 所詮は誰かがいないと、強く出られないのだ。


「弱すぎるんだよ。さっさと、どこかに行け」


 先生が来る前に、さっさと2人を連れて逃げてくれないかな。

 そう期待しながら、興味が失せたフリをすると、プルプルと震え出す。


 寒くもないのに、どうしたのだろう。

 体調不良かと心配になりかけ、手を伸ばすと、手が触れる前に鋭い切っ先を向けられる。


「ふざけるんじゃねえ!!」


 どこに隠し持っていたのか、きらりと光それはナイフだった。

 銃刀法違反、小さいからセーフか?


 別のことを考えているが、少し怖いのは確かだった。

 初めてナイフを向けられたのだ。

 こうなるのも当たり前である。


 大丈夫だとは思うが痛いのは嫌だと、少しだけ男の様子を窺う。



 そんな俺の後ろに、誰かの気配を感じた。





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