74:まだ許してなかったんです





「仁王頭、今日もいい天気だな」


「……」


「こういう時は、思い切り外で体を動かしたくないか?」


「……」


「空が青くて綺麗だと、見ていて清々しい気持ちになるな」


「……」


 今日も完全な無視を受け、少しだけ心が挫けそうになった。

 それでも諦めるわけにはいかない。


 あまりやりすぎるとうざがられると思い、朝だけ話しかけることにしているので、今日の分は終わりだ。

 また明日も頑張ろう。

 ずっと外を見ている仁王頭の視線の先を追って、俺も外を見る。


 目に眩しいぐらいの青色は、雲ひとつなく、俺の心とは裏腹だった。

 今は眩しいぐらいのそれに、俺はそっと視線を外した。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「上手くいかないもんだなあ」


 屋上で横になりながら、俺はポツリと呟く。

 神楽坂さんの厚意で、屋上へ入ることが出来るため、天気がいい日はよくここに来ていた。

 まだ暑いような季節じゃないので、心地いい風が顔を撫でていく。


「今までが上手く行きすぎていたのか」


 なんだかんだいって、今まで人と仲良くなるのに、ここまで時間がかかることがなかった。

 だから今回も余裕だとたかをくくっていたので、疲労が蓄積している。


 俺はそっと目を閉じ、目の上に腕をのせた。


「とりあえず、返事をさせることから始めなきゃいけないよな」


「誰にですか?」


「ん……におうず」


「仁王頭? なんでまた」


「仲良くなりたいから」


「仲良くー?」


「する必要あるー?」


「だって……」


「だって?」


「……んん?」


 独り言のはずだった呟きに、返事があり、いつの間にか会話していた。

 目の上にあった腕をずらすと、そこには5つの顔があった。


「よお、久しぶり」


 背中からダラダラと汗が流れるが、俺は表には出さないようにして、軽く挨拶をする。


「そうですね。いつぶりでしょうか」


「ぐ」


「入学式も、とっとと帰ったからなあ」


「う」


「なんとなーく、避けていたみたいだしー」


「ぬ」


「クラスは、1番遠いところだしー」


「ふ」


「俺達のこと、捨てる気なの?」


「うお」


 俺の味方は、この場にいない。

 チクチクと責め立てられ、俺はたまらず胸を押さえた。


 クラスを俺が勝手に離してしまったので、罪悪感から顔が合わせづらかった。

 だから出来る限り会わないように、避けていたのは事実だ。


「す、ててないだろ。それにお前達は一緒のクラスになったんだ。文句言うな」


 目を見ていられなくて下を向いて一方的に言えば、肩をものすごい勢いで掴まれた。


「いたっ」


 痛みに呻いても、力は緩まない。

 おおかた頭に血が上りやすい匠かと思ったが、顔を上げた先には美羽がいた。


「み、う……はなせ」


 細い体のどこにそんな力があるのか、更に力を込められた肩が、みしりと嫌な音を立てる。

 離すように、目に力を入れて訴えても、弱まることは無かった。


「みう」


「ふざけないでください」


 もう一度呼びかけると返ってきたのは、俺以上に鋭い視線だった。


「私達が一緒のクラスになったところで、意味はないんですよ。あなたと一緒になれることを望んでいたのに、蓋を開けてみればなんですか。あなただけ別のクラスで、しかもまた誰かに興味を向けている」


 その目は怒りに燃えていた。


「とても不愉快です」


 今までにないぐらいの怒りに、俺は顔をひきつらせる。


 そこまで怒らせるものとは予想外すぎて、助けを求めようとした。


「本当に苛つくな」


「「むーかーつーくー」」


「……嫌だ」


 そういえば、ここに俺の味方はいなかった。

 その事実をすっかり忘れていた俺は、何とか逃げ出せないかと、気が付かれないように逃げ道を探す。


 でもそんな俺の態度が気に入らなかったらしい。


「私から目をそらさないでください」


 手を肩ではなく、頬に移動させて無理やり視線を合わせてくる。


「どうして、仁王頭に興味を抱いたのですか?」


「何でって、別にいいだろう」


「よくないから言っているんです。あなたの行動は目に余るものがあります。生徒の間で噂になっていますよ。あなたが仁王頭を気に入って、ちょっかいをかけていると。自分の影響力を考えてください」


「……俺の勝手だ」


「勝手で済むわけがないでしょう」


「関係無い」


「関係無い、それでごまかせると思っているんですか」


 切り捨てるような言葉を言っても、美羽に引く気は無いようだ。


「もう一度聞きます。どうして仁王頭に、そこまで執着しているのですか?」


 答えるまでは離さない、言外にそういう意味が込められている。

 俺はここまで怒っている美羽を初めて見たせいで、少し、というかかなり戸惑っていた。


 今まで穏やかな物腰で、かんしゃくを起こしていたのは、初めに会った時だけ。

 そんな美羽が怒っているということは、余程俺の行動が悪かったのだろう。


 だからといって、全て正直に話すわけにもいかない。

 話したところで信じてもらえないだろうし、今全員に知られて、物語が大幅に変わってしまうのは駄目だ。


 どうやって、ごまかしたらいいだろう。

 俺は頭を回転させて、そして1つの答えを導き出した。


「……仁王頭と仲良くなりたいからだ」


 完全には話せないけど、目的だけは話しておこう。

 そんな俺の答えは、



「……はあ?」



 どうやら間違ってしまったようだ。





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