73:警戒心強めには根気強く、そしてこれからのことを




「よお。仁王頭」


「……」


「……今日もいい天気だな」


「……」


「あー、昨日の課題やってきたか?」


「……」


 今日も今日とて、惨敗である。

 仁王頭と接点を作るために、毎日話しかけているのだが、今のところ返事があった試しがない。


 というよりも、話しているところを見ていない。

 学校に何しに来たのかと思うぐらい、朝から放課後まで、窓の外を眺めている。

 そしてそんな態度の仁王頭に対して、誰も何も触れないのだ。


 まるで腫れ物を扱うかのようである。

 これは物語では触れなかった何かが、裏に隠されているな。


 俺はそう考えて、あえてウザイぐらいに仁王頭に話しかけていた。

 でも未だに反応無しだ。

 長期戦になりそうな予感に、俺は頭が痛くなる。


 いつまでも美羽達を抑えられないから、早めに何とかしたいのだけど、焦りは禁物だ。

 今まで以上に難しいが、知り合いぐらいにはレベルを上げておきたい。





「仁王頭は、部活に入るのか? 体格がいいから、どんなスポーツでも出来そうだよな」


「……」


 隙を見つけては、話しかけている俺の様子は、珍しいものとして映っているみたいだ。


「あの、一之宮様が……」


「……仁王頭様に話しかけるなんて」


「一体、何を考えているのか」


「きっと、気まぐれでしょう……すぐに飽きられるはず」


 好き勝手に話している声が聞こえてくるが、俺は聞こえないふりをして、仁王頭に話しかける。


 仁王頭に対して、誰も何も言わないのは、言えない事情があるからだろう。

 それは特進クラスであるSクラスに在籍していると事実から、何となく予想が出来そうだ。


 授業を受けなくても、Sクラスに入れる頭脳。家柄。

 たぶん、その家柄というのが、誰も何も言わない理由なのだろう。



 仁王頭、では知らない。

 だからおそらく、母親の姓を名乗っている。


 遠巻きにされるような家柄から考えると、裏社会系か。

 そしてそれを、仁王頭は隠そうとはしていないが、受け入れてもいない。

 そこに付け入る隙があるだろうか。





「でもなあ、家のことを持ち出すのはなんか嫌だな」


 話せるきっかけが見えそうになったけど、それを使用するのは、あまりやりたくない。

 俺も一之宮家の話はあまり好きじゃないのだ。


 自身の苗字すらも隠している仁王頭にとって、触れられたくない話題だと言うのは明らかだった。


「あー、面倒くさい。どうして、みんななにか抱えているんだよ。普通の人はいないのか」


 俺は空き教室で唸る。

 ここは、第2の秘密部屋だ。


 家にある秘密の部屋は御手洗がいる可能性があるから、気まずくてあまり行かなくなってしまった。

 だからこの部屋で、1人でこれからのことを考えている。


「もっと気楽に行こうぜ。誰かを蹴落としたり、足を引っ張ったりしないでさ。みんな仲良く、富士山の上でおにぎり食べようよ」


 仲良しこよしでいられれば、この物語もハッピーエンドを迎えられるのに。

 どうして誰かを蹴落とそうとするのだろうか。


「……あれ? ちょっと待てよ」


 今までどうして思い至らなかったのか不思議なぐらいの考えが、ふと頭の中に浮かんでしまった。


「なんで俺、リコールされる必要があるんだ?」


 物語の俺は、転校生にうつつを抜かし、仕事を放棄したからリコールされた。

 でも今の俺は、絶対にそんな馬鹿な真似はしない。

 待っている結末が分かっていてサボるわけが無いし、そもそもサボるという行為が嫌だ。


 地位を守るためには、与えられた仕事をこなす。

 当たり前のことである。


「……ということは、リコールされる理由が無い」


 仕事を真面目にやっているのに、リコール出来るわけがない。

 普通だったらそうだ。


「どうして俺はリコールされるんだ?」


 でも強制力が働くとしたら、俺はどうにかしてリコールされる。

 それさえ分かれば、何とかなるかもしれない。


「……もしかしてアンチか?」


 リコールされる理由を考えていると、俺は前世で読んだ別の物語を思い出す。

 似たような王道学園が舞台で、生徒会役員がリコールされる原因に、アンチ王道というジャンルがあったことを。



 王道転校生に似ているようで異なるアンチ王道。

 決定的な違いは、転校生の性格だ。

 アンチ王道だと、自己中心的で大声がデフォルトで、そして話しただけで親友に位置づけられる。しかも年齢関係なく、呼び捨てタメ口。

 そんな躾のなっていない人間なのに、物珍しさから何故か惚れられる。


 そしてそれを受け入れ、自分は愛される存在だと本人は豪語する。

 完全にリアルでは関わり会いたくない人種だ。

 どう考えても性格が悪いし、うるさくて不潔な人間は好きじゃない。


 大抵のアンチ王道はまりものようなもじゃもじゃのカツラに、瓶底メガネだが、ベタベタしているという描写があったりもする。

 いくら素顔が美少年でも、色々と無理だ。



 そういうアンチ王道の物語でリコールされる時は、罪を擦り付けられた結果なことが多い。


 転校生のしりを追っかけ、仕事を放棄した他の役員が帰ってくることを信じ、体調不良になりながらも仕事を1人でこなす主人公。

 それなのに、学園の誰もが生徒会室にせフレを呼び込んで、仕事をしていないという噂を信じてしまう。

 その結果、リコールされるというわけだ。


 このあとの展開としては、役員が心を入れ替えたり、主人公が転校し別の場所で幸せになったり、実は全てお見通しでリコールを回避したりする。



 俺は仕事を真面目にやるということは、アンチ王道転校生が来る可能性が格段に高くなったわけだ。


「あー、嫌すぎる」


 台風と称される問題人物と関わるかもしれないという事実が、さらに頭痛の種を増やす結果となり、俺は大きく息を吐くことしか出来なかった。




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