高校1年生編

71:いざ、薔薇園学園へ!




『――新入生代表。一之宮帝』


「……はい」


 たくさんの視線が集まる中、俺はゆっくりと壇上へと向かう。

 その視線の中には、知っている人も知らない人も含まれていた。


 当然父親の姿もあるから、下手なことは出来ない。

 俺は何も考えずまっすぐだけを見つめ、そして壇上まで行くと、全校生徒を見下ろす。


「…… 暖かな春の風に誘われ、桜のつぼみも開き始めた、今日の良き日……」


 俺は何かを見ることなく、暗記した挨拶を淀みなく口にする。

 一人一人の顔を見ながら、これから起こることを考えていく。


 これから俺は生意気だと上級生に言われ、喧嘩を吹っ掛けられる。

 その全てを片付け、俺は学園中が知る有名人になるのだ。

 そこから今現在の生徒会会長に気に入られて、1年生であるのにも関わらず、生徒会役員補佐に選ばれる。


 この流れを作っておかないと生徒会長になれないわけではないだろうけど、なれるまでに時間がかかってしまうのだ。

 格闘技全般は習ってきたが、実践的な喧嘩は初めてである。

 怪我を作らなければいいのだけど。



 俺は今のところ族を作ったり、族に入ったりしていない。

 物語の中でいつから入っていたのが分からなかったのもあるけど、大きな理由としては転校生を避けたのだ。

 もし会うとするならば、この学園で初対面という形にしておきたい。


 と言うよりも俺は、多分怖かった。

 族を作って転校生と接点ができたら、美羽達も自然の成り行きで接点ができてしまうことを。


 俺はずるい人間だから、未だに唯一の味方を作れていなかった。

 みんなにいい顔をして、期待をさせている。

 八方美人と言われても、仕方の無い状態である。


 どうしてこんなことになったのかというと、みんながみんないい思い出ばかりのせいだ。


 美羽も匠も朝陽も夕陽も圭も、ほかにもたくさん。

 俺のためにやってくれたことがたくさんありすぎて、誰か一人に絞るのなんて、とても出来なかった。



 そうしている間に、1ヶ月、半年、1年、2年と少し。

 最終的に転校生が来るまでに見つけようと、自分に甘く目標日を設定していた。


 1人の特別を作ると決めたくせに、あまりの情けなさに、御手洗は何度も小言を言うようになった。

 甘く考えすぎじゃないか。

 もしも決めるのであれば、早く決めた方がいい。

 ズルズルと先延ばしのするのは、不誠実すぎる。


 自分でも分かっていたことを言われると、どうして腹立たしく感じてしまうのか。

 俺のための言葉を聞きたくなくて、最近御手洗を避けている。

 向こうから何も言ってこないから、謝る機会も逃して、今はとても気まずくなってしまった。



 俺の事情を知っている人が傍にいない、その寂しさは未だに代わりがなかった。





 そういう経緯もあり、今の俺は頼れる人がいない。

 でもさすがに高校生になったのだ。1人でも出来るようにならなくては。

 俺は自分に気合いを込め、今日という日を迎えていた。


「――新入生代表、一之宮帝」


 1回も噛まず、そしてつっかえもせず、完璧に代表挨拶を終える。

 大きな拍手と感嘆の声の中、父親の方を見れば、軽く頷かれた。

 及第点はもらえたようなので、俺は顔には出さずに安心する。


 こんなところで失態を見せたら、家に帰って何を言われるのか分かったものじゃない。

 俺は小さく息を吐いて、ゆっくりと自分の席へと戻る。

 最後まで気を抜きはしない、見ている人は見ているのだから。


 席に座ると、式は次に進んでいく。

 俺は少しだけ目を閉じて、司会進行を聞いた。





 これから始まる学園生活は、忙しく騒がしいものになる。

 たぶん何も起こらないのは、今日だけだ。

 既に注目を浴びていて、女性かと間違えそうなぐらい可愛い容姿をしている、性別上は男性なはずのチワワ達の視線が痛い。


 うぬぼれではなく親衛隊は確実に出来るだろうから、早めに統率して手綱を握る必要がある。

 それにセフレは完全お断りだ。

 そういうのは本当に好きな人としたい。

 体の関係なんて不誠実すぎる。


 というわけで、急に襲われるには勘弁してもらいたいから、そこら辺もきちんと教育しなければならない。

 1年生の段階でも、やることは山積みだ。


 できる限り品行方正、かつカリスマ性を見せつけなければ、生徒会長なんて務まらない。

 ほとんどの生徒が一癖も二癖もあるから、全員に好かれるのは夢物語だろう。

 それでも大半の生徒を味方につけておかなければ、転校生が来る前に足元を救われる。



 有象無象の環境の中、俺は自分を保っていられるのか。

 ものすごく心配になったが、こういう時に尻を叩いて発破をかけてくれる御手洗はいない。

 その事実が胸に重石をかけたような気分にさせるなんて、本当に俺の中での御手洗の存在は大きくなっている。


 中学生の頃から癖になってしまった胸に爪を立てるのを無意識に行いながら、俺はバレないぐらいにそっと唇をかんだ。


 御手洗に会いたい。

 そして、冷たくあしらわれたい。

 被虐趣味はないはずなのに、何故かそう強く思ってしまった。



 こうして、待ちに待った薔薇園学園入学式は滞りなく終わり、俺の波乱に満ちたリコール回避作戦は、ようやく本格始動することになった。

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