70:状況を整理して、これからの未来に備えましょう





 完全に寝落ちした俺を、みんなは責めたりはしなかった。

 むしろ眠かったところに話をしてごめんと、謝られてしまった。


 俺は俺で謝りつつ、胸の痛みを必死に隠した。


「みんなの好きなタイプを、知ることが出来て良かった」


「そ、そうですか。私も良かったです」


「俺もだぜ」


「僕だってー」


「僕もー」


「お、俺も」


 もう少し責めてもいいのに、みんな優しすぎる。

 俺は胸元に自然と手を置いて、そして笑った。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 好きなタイプを知ることが出来たおかげで、対策を考えるチャンスが与えられた。

 俺は家に帰ってくると、まっさきに御手洗の元に向かった。


「みーたーらーいー!」


「どうしましたか、お坊ちゃま。随分と騒々しいですね」


「もうどうしようー!」


「うるさいですから、もう少し静かにしていただけませんか? 仕事に集中できませんので」


「あ、ごめん。って、少しぐらい聞いてくれてもいいよね! 仕事をしながらでいいから」


 仕事をしていた御手洗は、いつものように冷たい返事をしてきたけど、話を聞いてはくれるようだ。


「それでは、簡単に話してください。分かりやすく、はっきりと。大方、宿泊学習で何かがあったのでしょうけど、きちんと説明していただかなければ分かりません」


「了解。とりあえず、昨日の夜、好きなタイプを話すことになったんだけど」


「定番ネタですね。それで?」


「……みんなの好きなタイプが、完全に転校生だったんだ……」


「はい?」


 手を動かしながら、片手間に聞いていた御手洗は、そこで勢いよくこちらを見てくる。


「どうして、そう思われたのですか?」


 更には手を止めて近づいてきた。

 俺は思わず後ずさりしようとしたけど、御手洗が許してくれるはずもなく。


「落ち着いて、ゆっくり話しましょうか」


「……はーい」


 椅子に座るように強制されて、渋々席に着いた。





「……なるほど」


 全てを話し終えると、御手洗は口に手を当てて黙り込んだ。


「ね? どう考えても、転校生へのフラグだよね?」


 俺はテーブルの上に置いてあったクッキーを取り、一口かじる。

 甘いものが好きな俺のために、わざわざ用意されているお菓子は、既製品じゃなくて全てシェフの手作りだ。

 安全面を考えてのことらしいけど、いつも手間をかけてもらっているので、たまに差し入れを渡している。


 渡すのは大したものじゃないのに、いつも掲げて喜ぶのは、大げさすぎてやめてと言っているけど、今のところ改善されていない。


 今日も美味しい。

 さくほろ、バターの香りが上品なそれに頬をゆるめていれば、御手洗の咳払いが聞こえてきた。


「お坊ちゃまがまれにみる鈍感具合で、心配になってきましたが、昔からですので仕方がないですね」


「なんで急に悪口言われているのかな?」


「お坊ちゃまは、皆様の好きなタイプを転校生にあてはまっていると思われたのですよね。もしそうだとしたら、どうするおつもりなのですか?」


「あー、そうだね」


 それについては、帰ってくる最中ずっと考えていた。

 そのせいで返事がほとんどよく分からないものになってしまっていたから、美羽達には心配をかけてしまった。


「まだ転校生には会ったことがないんだけどさ、物語だとしても人にあんなに好かれるなんて、元々の性格がいいっていうのもあると思うんだよね」


 そうじゃなきゃ、多種多様の人を魅了することは出来ないだろう。


「そうでしょうか?」


「きっと、そう。もしかしたら御手洗も、転校生のことを好きになっちゃうかもよ?」


「鳥肌が立ちますので、冗談でもそのようなことはおっしゃらないでください」


「そこまで拒否しなくても……まあ、そんなわけだからさ。思うわけですよ」


 俺はかさぶたになった胸の傷を、そっと服の上から撫でる。


「1人だけでいいから、俺を裏切らない人がいればいいかなって。むしろそれは、十分すぎるぐらい幸せな事だなあってね」


 全員に好かれるなんて、そんな贅沢なことを思ってはいけない。

 もしもみんなに裏切られたとしても、1人だけでいい。

 俺を信じ味方になってくれる人がいれば、それだけでいいじゃないか。


「俺はこれから、俺を味方してくれる、ただ1人の人を作ろうと思う」


 朝からずっと考えていた気持ち。

 御手洗だからこそ、話すことが出来た。


「……ただ1人の人ですか。……候補は決まっておられるのでしょうか?」


「どうした? 御手洗。怖い顔をしているけど」


「いいえ。もしも決まっているのであれば、名前を知りたいと思いまして」


 顔は無表情なのに、まとわりついているオーラが、表情を怖くしている。

 俺は後ろに下がろうとしたけど、椅子に座っているから、変な音を鳴らすだけになってしまった。


「み、御手洗。今言ったかと思うけど、まだ決まっていないよ? これから作ろうと思っているんだ」


「かしこまりました。少々取り乱して申し訳ございません」


「……別に大丈夫だけど。だからさ、御手洗、これからもよろしくね」


「……かしこまりました」


 俺を裏切らない人を見つけるためには、御手洗が必要不可欠だ。

 いつも頼りにしている気持ちを込めて、そう言えば御手洗はとても変な表情をした。


 何かに耐えているような、そんなふうにも見えた。


 それに触れられたくないという感じがしたので、俺はあえて何も言わなかった。




 そういうわけで俺は、その日から大事な人を作る方へとシフトチェンジすることに決めた。





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