65:ドキドキカレー作り大作戦




「ちょーっと待ったあ!」


「うおっ。どうしたんだ、帝。急にそんな大きな声を出して」


「いや、声を出したくもなるよ! 一回、みんな作業を止めて!」


 カレー作りを始めて数分。

 俺は大きな声で、作業にストップをかけた。

 それぐらい見ていられなかったのだ。


「まずは、美羽! 何しているの?」


「え? えっと、お米を洗おうかとしているんですけど……」


「洗剤で洗おうとするなんて、王道の間違いすぎるよ! お米は水で洗えばいいの!」


「あ、そうなんですね。分かりました」


 一番、王道的な間違いをしていた美羽は、持っていた食器用洗剤を照れながら置いた。

 なんとか、ご飯が泡まみれになるのは阻止できたので安心する。


「はい、次。匠!」


「俺はちゃんとやっているだろ」


「まあ、ちゃんと切れているけど、指を切りそうで怖い! 食材わしづかみで、包丁を振り落とさないの!」


「そうじゃないと、切れないだろう?」


「ちゃんと切れるから。ほら、食材を持つ手はにゃんこの手の形にして、包丁はこの高さから力を入れれば切れるから」


「おー、すげー。……にゃんこの手って、可愛いな」


「気にするのはそっちじゃない!」


 次の匠は、切り落としちゃうのかと不安になるぐらい、勢いをつけて野菜を切っていた。

 男らしいといえば男らしいけど、周りから見ていたら、危なっかしくて怖い。

 隣に立って、切り方を実践して見せれば、何故か野菜の持ち方に感動された。


 猫の手、というのは一般的な話だ。

 そこまで興奮されるようなものじゃない。

 キラキラした目を向けられ、いたたまれない気持ちを感じながら、俺は次に行く。


「次! 圭!」


「え? え? 俺はちゃんとやっているよ?」


「まあ、2人よりはマシだけど、まあマシなんだけど……」


 圭は、カレー作りをするための準備をしていたのだけど。

 言っては悪いが、ものすごく遅い。

 カレーの材料の準備なんて、やることはほとんどないはずなのに、30分経っても進んでいなかった。


 細かい性格か、完璧主義者か、臨機応変に対応できないのか、その全部なのだろうか。

 不安げに見てくる圭に、本当のことを言ったら、立ち直れなくなるかもしれない。


「……えーっと、俺も手伝うから、頑張ろうか……」


「うん! やる!」


「おい、ずりいぞ!」


「そうですよ!」


「2人は出来るだろう? 頼りにしているから、頑張れ」


「お、おう」


「それなら仕方ないですね」


 圭に任せていたら、終わる頃には日が暮れてしまいそうだ。

 手伝うことを提案すれば、美羽と匠からブーイングが起こった。


 でも頼りにしていると言えば、嬉しそうに作業に戻ったので、単純でよかった。

 圭の問題も解決したので、俺は今まで見て見ぬふりをした、最大の問題と向き合うことにする。


「……はい最後! 朝陽、夕陽!」


「えー、僕?」


「ちゃんと真面目にやっているじゃーん」


「……それじゃあ、今は何をしているのかな?」


「えー、言われた通りに火をおこしているよ」


「そうそう。ちゃんとおこせたでしょ?」


「んー、まあおこせてはいるね。うん。それは頑張ったと思う。ただちょーっと頑張りすぎたかなあ。これから、キャンプファイヤーするんだっけ?」


 それはもう、見事な火柱だった。

 キャンプファイヤーだとしたら、とても上手に燃えているし、ご飯やカレーを作るための火ならば勢いが良すぎる。


 わざとなのか、それとも本気でやった結果なのか。


「凄いでしょ!」


「頑張ったんだよ!」


 自信満々に言う様子に、俺は怒っていいのか判断に困ってしまった。

 全力でやった結果だとしたら、褒めなければならないのだろうか。

 背丈ぐらいの大きさの火を見上げて、俺はここからどうしたらいいのか考える。


「凄いねえ。頑張ったねえ。でも料理をするのに使うだけだから、もう少し弱めようかあ」


 これって、消火器じゃ駄目だよね。

 どうすれば火がおさまるだろうかと、遠い目をしながら考える。

 ここまで放置していた俺も悪いけど、もはやレベルは火事だ。


「あ、こういう時こそ、頼るのか」


 さすがに、俺一人で解決できるものじゃない。

 まだ成人していないからこそ、頼ることが出来る。


 俺は、別の班の監督をしていた桐生院先生の元に近づく。


「桐生院先生」


「お、どうした帝」


「ちょっと困っていることがあって」


 野菜の切り方を教えていた桐生院先生は、俺が呼びかけると、まるで犬のようなスピードでこちらに来た。


「困っていること? 帝はそういうのが出来そうだから、大丈夫だと思ったんだが。何があった」


「あー、えーっと、とにかく来てくれれば分かります」


 信頼してくれていたのに、心苦しいけど、あれは早めに何とかしないと。

 とにかく見てもらった方が、説明するよりも分かりやすいから、手を引っ張り作っているところに戻る。


「おいおい。手を繋ぐのは嬉しいけど、そんなに急いでどうした」


「とにかく来てください」


 こういう風に手を繋ぐのは、久しぶりだ。

 そう思ったのは桐生院先生も同じだったみたいで、すごく嬉しそうな声をしている。


 俺も懐かしさを感じたけど、それを感じている場合じゃなかった。


「……こんなことになっているんで、どうすればいいのか教えてください」


「おい、おい! マジか!」


 俺も同じ気持ちだ。

 見事なキャンプファイヤーに、桐生院先生の叫び声が響いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る