64:学生のうちにしか出来ないことは、楽しみましょう





 薔薇園学園進学で、少し父親と揉めたが、結果的に認められたので、俺は晴れて進学を公言することが出来るようになった。


 だから早めに洗脳しておかなくてはと、美羽達に進学のことをそれとなく話した。

 俺以外のキャラが別の学校に行ったら、それはまた物語に悪影響を及ぼす可能性があると考えたからである。


 話した効果は絶大で、全員が全員食い気味に薔薇園学園への進学を決めた。

 そんなに好かれていたのかとむず痒い気持ちになりながら、物語通りに進んでいるので、少しの不安もあった。

 物語補正なんて無ければいい。

 そう願うばかりだ。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 暗いことばかりを考えていると、気持ちが落ち込んでしまうので、とにかく日常を楽しまなくては。

 今日は、校外学習である。

 お金持ちばかりだとは言っても、そういった行事はきちんとやるらしい。


 学年ごとに行く場所は別で、俺達はこれまた王道なことに、キャンプをすることになった。

 班わけは誰かしらの力が働いたのか、俺、美羽、匠、朝陽、夕陽の5人。

 みんな含んだ笑いを浮かべていたから、全員が何かしらをしたのかもしれない。


 とにかく一緒の班になれたのは嬉しいから、冷めるようなことは言わないでおく。

 俺だって、今日という日を楽しみにしていたのだ。

 この世界に産まれてから、みんなでお泊まり会なんて、簡単に出来るような立場ではなくなってしまった。

 だから美羽達と仲良くなって随分と経つけど、お泊まりをするなんて初めてのことである。


 それは皆同じなのか、心なしかいつもより浮き足立っている。

 俺も同じ気持ちで、先生の説明も話半分になってしまった。

 それでも大事なことだけは聞き逃さないように、耳を傾ける。


「分かっているとは思うが、敷地内からは絶対に出るなよ」


 拡声器を持って話をしている桐生院先生は、いつもより先生らしい。

 なんだかんだといっても、今まで先生をやっているだけある。

 そのままの状態をキープしてもらいたいので、極力視界に入らないようにした。


 でもレーザーの性能が良すぎて、途中でバッチリと視線が合ってしまう。

 大丈夫かな? 心配になって軽く手を振れば、一瞬止まった桐生院先生は軽く笑った。


「まあ、なにかあっても助けるから、安心して頼ってくれ」


 さすがに顔がいいだけあって、その姿は様になっている。

 俺は顔が熱くなるのを感じ、見せていられなくて匠の後ろに隠れた。

 でも全てお見通しで、桐生院先生が小さく笑う声が聞こえる。


「あんの、ショタコン教師……」


 壁になってくれている匠が、ものすごく低い声で何かを言ったけど、いっぱいいっぱいになっていた俺の耳には入らなかった。


「これから班ごとに分かれて、カレーを作ってもらう。やり方はプリントに書いてあるが、分からないことはどんどん聞けよ。材料は余っているが、失敗ばかりしたら市販のものになるからな! こういうところだと、味気無いぞ。それじゃあ、各自の場所に移動!」


 話が終わったみたいで、それぞれ動き始める。


「俺達も行こうぜ」


 振り返った匠が、俺の頭をポンポンと軽く叩いて、そして用意された材料の元に行ってしまう。

 子供扱いなのか、身長が低いと思われているのか、どちらにしても余裕があるのがムカつく。

 俺は後を追い、野菜や米などの中から、重めのものを手に取る。


「帝はそんな重いものを持たなくていいですよ」


「そうそう。僕達で運ぶし」


「俺に任せてくれればいいから」


 それなのに、美羽達が俺の手からそれを奪い取り、作り方が書かれた紙を代わりに置いた。


「だってさ、お姫様?」


 その様子を見ていた匠が、俺の事をそう呼ぶ。

 さすがに聞き捨てならなかった。


「俺はお姫様じゃない。別に、箸より重いものを持てないとか言わないよ。協力したいから、他のものも持たせて」


 今日の目的は、みんなで協力することだ。

 か弱い女性じゃないから、気を遣われたくなんかない。

 仲間外れにされたみたいで、悲しくなる。


「あー、悪かったって。そんな顔するな。心臓に悪い」


「申し訳ありません、帝。いらぬお節介でしたね」


「「ごめんね!」」


「あわわ。ごめんなさい」


 そんな顔って、どんな顔だろう。

 鏡がないから確認出来ないけど、焦っている感じからして、よほど情けない表情をしているのか。


「分かってくれたのなら、いいよ」


 ここで嫌な空気のままにしたら、せっかくのお泊まりが台無しになる。

 元々俺のことを考えてやってくれたことだ。

 そこまで怒ることじゃない。


「行こうか」


 俺は渡された野菜を持ち、そして笑いかける。


「おう」


「はい」


「「オッケー」」


「うん!」


 機嫌を直したのを分かったのか、俺の後に意気揚々とみんながついてくる。

 こういった行事は、一生に一度しかない。

 みんなと一緒に過ごせる時間が限られているのだから、楽しく過ごさなければ損だ。


 俺は腕の中の野菜を抱え直し、楽しくて仕方がないと、自然と笑みがこぼれる。


 それにつられてなのか、周りのみんなも同じぐらいの笑みを浮かべていた。





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