63:気持ちは素直に伝えましょう
「確かに薔薇園学園は、閉鎖された環境故に、不純な行為をする人がいます。でもそれは、ほんのひと握りの人だけです」
なんとか、父親の中にある薔薇園学園のイメージを良くしよう。
さすがに入学出来なかったら、物語が始まらない。
一応今のところは行く気なので、それは困る。
「生徒達はみんな将来のことを考えています。でも、まだ若いので恋に落ちるのは仕方がないことです。それが一時的や、そこから続くとしても、全て経験の一つだと思います。良くない言い方かもしれませんが」
若気の至りもあれば、真剣に恋をする人だっている。
それを否定する権利が、周りにいる人には無いはずだ。
「学園で学べることは多いです。そこで永遠の愛を誓うというのも、俺としてはいい事だと思いますよ」
俺の脳裏には、弟の成長した姿が浮かんでいた。
物語通りに進めば、もしかしたら進まなくても、弟は永遠の愛を誓う人に出会う。
もし俺が破滅する道に進んだら、弟と転入生の関係は認めてもらえるのだろうか。
ふと、そんなことを考える。
俺が後継ぎ候補から外れたなら、弟がその座に座ることになるはずだ。
そうなると子供の問題が出てくる。
同性愛が認められてはいるが、未だに法律で結婚することは出来ない世の中だ。
それに火遊びならまだしも、生涯のパートナーとなると、残念なことにスキャンダルになってしまう。
それを父親が許すとは到底思えないが、でもきっとなんだかんだでハッピーエンドを迎えたのだろう。
こうして2人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし、という感じだ。
俺を除き、だけど。
「まさか、帝……もしかして」
自分の考えに自嘲気味に笑っていれば、父親の目が、信じられないものを見たかのような表情に変わった。
「……好きな男でも出来たのか?」
「……はい?」
突然なんのことを言い出すのだと、俺は変な声を出してしまう。
「まさか、本当か!? 誰なんだ!? 何処の馬の骨だ!」
しかもそれを肯定だと勘違いした父親が、ものすごい勢いで詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いてください!」
胸ぐらを掴まれ揺さぶられているせいで、否定したいのに上手く言葉が出せない。
「まさか、皇子山家の息子か? それともたまに遊びに行っている、龍造寺家の息子か? 学校でい一緒に行動しているうちの1人か?」
どんどんヒートアップしていく思考を止めさせたいが、揺さぶられて気持ちが悪くなってくる。
それでもさすがに、その誤解はとかなくては駄目だ。
気力を振り絞って、俺は口を開く。
「お、父様、落ち着いてくださいっ。今のは、ただの一般論で、俺の話じゃありません!」
途切れ途切れにだが、何とか言い切ると、耳に届いたようで胸倉を掴んでいた手は離された。
「……そうか、帝の話じゃないんだな。すまない。少し取り乱した」
「い、いえ。俺はそういったものに染まることはありませんので、一之宮家の名前に泥をつけることはないでしょう」
首元をゆるめて、新鮮な空気を取り込む。
いつも冷静な父親が、あそこまで取り乱したのは、やはり一之宮家のためのはず。
安心させる言葉を続ければ、少し気まずそうな顔で視線をそらされる。
「それならいい。まあ、薔薇園学園はいい学校ではある。帝が行きたいというのなら、反対はしない」
思考も落ち着いたようで、薔薇園学園進学を許可する言葉に、俺は心の中でガッツポーズを決めながら、恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。報告が遅れてしまったせいで、お手数をお掛けしました」
「いや、手間ではない。きちんと、話をしておかなくてはならないと思っていたことだからな」
頭に手を当てながら、疲れた様子を見せているので、俺はそっとベッドから降り顔を覗き込む。
「もしかして体調が優れないのでは? 部屋に戻られて、休まれた方がいいですよ」
やはり一之宮グループの代表というのは、激務なのだろう。
目元に隈が出来ていたので、無意識に手を伸ばして、そっと撫でた。
どんなにこれから何が起ころうが、いつも冷たく厳しい人だろうが、父親が尊敬できる人だという事実に変わりはない。
無理して倒れないで欲しい、そういう気持ちを込めて撫でていれば、腕が優しく掴まれた。
「っ、すみませ……」
「……子……」
弱々しく顔を歪め、と吐息のように聞こえてきたそれは、母親の名前だった。
その名前を聞くのは久しぶりで、心臓が嫌な音を立てる。
弟の精神状態を考慮して、お墓参りや法事は俺と弟以外で行われている。
いつか弟本人が望まない限りは、今は隠しておいた方がいいと、大人が判断した結果だ。
それが間違っているとは言わないけど、優しさが本人のためになるのか、疑問に思わなくもない。
とにかく今まで避けるようにしていた母親の名前を出したのは、多分無意識だ。
わざわざ指摘することでもないから、俺は何も言わずに、精一杯優しくを意識して笑った。
まだ目の前のこの人の中に、母親の存在があることが分かって、少しほっとした自分もどこかにいた。
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