66:ドキドキ怪談話




 桐生院先生のおかげで、キャンプファイヤーは普通の火のレベルまで落ち着いた。

 あんなにも頼もしく見えたのは、出会ってから初めてだった。


 圭の手伝いをしながら、他のみんなにアドバイスしていけば、なんとか美味しそうなカレーライスを完成させられた。


「良かった……何とかできた」


 途中まではどうなることやらといった感じだったから、普通のカレーライスのはずなのにどこか輝いて見える。

 おこげだって、少しぐらいある方が美味しい。

 もはや我が子じゃないかというレベルで、愛おしくなってきた。


「おー、うまそうだな」


「「早く食べたーい」」


「いい匂いだね」


「帝のおかげで、上手に出来ましたね」


 協力して、一つのものを作り上げるというのは、絆を深くする。

 ありきたりな行事なのかもしれないけど、やるのには意味があるからだ。


「俺だけじゃないよ、みんなが頑張ったから出来たんだよ。さ、冷めないうちに食べよう。……いただきます」


「「「「「いただきます」」」」」


 手を合わせて挨拶をし、スプーンを手に取ると、一口食べた。


「……美味しい!」


 あんなに苦労して作ったからか、いつもの何倍も美味しく感じる。

 気持ちを抑えられずに叫ぶと、みんなと目が合った。

 その表情は全員、言葉にしなくても美味しいと伝えていて、俺はそのことに嬉しくなる。



 どうなることやら心配だったカレー作りは、こうして大成功で幕を閉じた。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「こういう時の定番といえば、怪談だな」


 夜になり、桐生院先生の提案で怪談話をすることになった。

 肝試しじゃなかったのは、安全を考慮しての結果らしい。

 確かに警備が行き届かないだろうし、迷子にでもなったら一大事だ。


 そういうわけで、怪談話を集まってすることになった。

 といっても、全員で集まっている訳では無い。

 さすがに全員が集まると多すぎるから、班ごとに分かれて、そしてそれぞれに担当の先生がつくことになった。


 俺達の班は、職権乱用をして桐生院先生がついている。


「確かに、暑い時は怖い話をして涼しくなるのが定番ですね」


「えー、でも僕怪談話なんて知らないよー」


「僕もー」


「まあ、お前達の怪談は期待してない。知っている奴だけ話せばいい」


「俺はとっておきがあるから話す。寝られなくなっても、知らないからな」


「おやおや、あなたがそんな話を出来るとは、とうてい思えませんけどね」


「なんだと?」


「それじゃあ、俺から話すよ!」


 美羽と匠が言い争いを始めようとしたから、俺は間に入る。


「帝君が? 怖い話、知っているの?」


「うん。任しておいて」


「言っちゃあ悪いけど、あまり怖くなさそうだな」


 桐生院先生の言葉に、俺は内心でカチンとくる。

 そう思うのなら、こっちも本気を出させてもらおう。

 俺は目の前にある怪談話用ロウソク替わりの、アロマキャンドルに手を伸ばした。


 これから怖い話をするのに、リラックスしてどうするんだとは思うけど、こっちの方が安全なのだろう。


「それじゃあ、話すね。……これは、俺の知り合いの人から聞いた話なんだけど」




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 その少年は、学校でいじめにあっていた。

 原因はささいなことで、給食の時間に体調が悪くなって、食べ物を戻したことだった。


 でも小学生は残酷で、そんな少年のことをバイ菌扱いして、仲間外れにした。

 それだけじゃなく、ものを隠したり叩いたり蹴ったり、物理的ないじめも行った。


 少年はボロボロになりながら、それでも誰にも相談出来ず、一人で抱え込んでいた。

 きっといつか、みんな元通りに戻ってくれる。

 そう信じて、何も言わなかった。


 そんな何をしても怒らず、先生や親に言いつけない少年に、いじめがエスカレートしたのは皮肉な結果というわけだ。



 ある日、少年は森の中に1人取り残された。

 クラスメイトに無理やり連れられ、そして置いていかれたのだ。


「……ここ、どこ……?」


 だんだん暗くなっていく空に、木々の間からお化けが出てきそうで、少年は怖くて涙がこぼれた。


「……誰か助けて」


 誰もいない中で呟いた言葉は、どこにも届かないはずだった。


「助けてあげようか?」


「誰っ!?」


 それは、すぐ隣にいた。

 いつの間に近づいていたのか、話しかけられるまで全く気が付かなかった。


「誰だっていいでしょ。知ったところで、どうにかなるわけじゃないから。それよりも、もっと大事なことがあるでしょ」


「大事なこと」


「あんた、いじめられているんでしょ? ここにも騙されて連れてこられて、それで置いていかれた。なんて可哀想なんだろうね」


「かわいそう」


 突然現れたその人は、白い着物を着た少年と同じぐらいの年齢の女の子だった。

 つり目だけど、可愛らしい顔をしていて、少年は恐怖よりも胸が高鳴る。

 そんな子に、クスクスと言われた言葉を、ただ繰り返すことしか出来なかった。


「助けてって言ったでしょ。私なら助けてあげるよ。いじめっこに復讐だって出来る。どうしてほしいか言ってくれればね」


「ふくしゅう」


 少年はいじめっ子の顔を思い浮かべる。

 嫌なことばかりしてきて、何度も1人で泣くはめになった。


「いいよ、しなくても」


「……そうか? 何でもしてやれるのに。本当にいいのか?」


 少年の返事は予想外だったのか、少女はつまらなそうに口をとがらせた。


「うん、自分でなんとかするから。大丈夫」


「そうか。それなら助けはしない。でもなあ、せっかく来たからなあ。……よし、1つだけ」


 そう言って、少年の額に触れると、何か聞いたことの無い呪文を唱え始めた。


「……これでよし」


「何したの?」


「んー、おまじない。いつか、どこかで誰かに好かれるように。いつかは分からないけど」


「誰かに好きになってもらえるの?」


「いつかはな。それがいつなのか、どう言った形になるかは分からないけど」


「そっか、ありがとう!」


「お礼を言われるようなことはしていないが、まあいい。幸せになるんだぞ、少年」


 瞬きをした一瞬で、姿を消した少女。

 残された少年は、道に光の筋があるのに気がついた。


 そしてそれを辿っていくと、見覚えのある道に出る。

 家に帰れる。

 そう思って嬉しくなった少年の背中に、少女の笑い声が聞こえた気がした。




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