59:だって我慢が出来なかったのです




「……お坊ちゃま?」


「ハイゴメンナサイハンセイシテオリマス」


 御手洗の顔が見られない。

 完全に阿修羅の顔をしているはずなので、寿命を縮ませないためにも、その表情を視界に入れないようにしていた。


 今はパーティ会場を抜け出し、休憩するためにあてがわれた部屋で休んでいる。

 何かあった時のためにと御手洗がついているのだけど、その御手洗に危害を加えられそうな状況だ。


「いや、でも、だって」


「でももだってもありません。安い挑発に乗るなんて、お坊ちゃまはそれでも一之宮の跡取りなんですか?」


「うぐう」


 完全に言い訳をはねのけられ、ただ唸ることしか出来ない。

 それさえも御手洗にとっては、取りに足りないことだ。


「今日はどう考えても、当たり障りなく接するべきでしょう。好感度を下げて、どうするのですか」


「だって、馬鹿だって言われたら、言い返したくなるじゃん。俺だって努力しているし。父親だって、俺がどう対応しているか目を光らせているし。ああするのが、一番だと思ったんだよ」


「それならまあ、大目に見ましょう」


 さらに言い訳を重ねれば、一応は納得してくれた。

 なんでこんなにも言い訳をしなければならないのだと思ったけど、御手洗が怖すぎて言えなかった。


「まだパーティは終わりませんから、下がった好感度を少しでも上げてきてください。学園に入るのでしょう? 少しでも争いに火種は消しておくべきです」


「はーい。頑張ります」


 これから出来るかどうか分からないけど、見送られたからには頑張ろう。

 俺は足取り重く、会場へと帰っていく。



 すぐに父親の姿を見つけて、俺は近づいた。

 そして、そっと隣に立つ。


「お父様、ただいま戻りました」


「……随分と時間がかかったな」


「申し訳ありません」


 すぐに小言を言われるけど、俺は受け流して謝罪だけしておいた。

 そうすれば、小言もすぐに終わる。

 長年の経験からそう判断したが、やはり当たっていた。


「そうか」


 まだ何かしら言いたそうだったけど、小言は止まった。


「そういえば、神楽坂さんの姿が見えませんが。どちらに行かれたのでしょう?」


「どうしてだ? もう挨拶は済んだだろう?」


「薔薇園学園への進学を候補に入れていますから、もう少し詳しい話をしてみたいと思いまして」


「……薔薇園学園に進学したいという話は、初耳だが?」


「まだ候補のうちの一つなので、決まってから言おうとしていました」


 そんなに食いつくことか、でも一之宮家のことを考えたら、俺の進学先も気になるのか。

 薔薇園学園に通うことは決定事項だが、父親も納得してくれるだろう。


 学力もトップクラスなのはもちろんのこと、なんといってもクラスメイトのほとんどが財閥や会社の御曹司。

 パイプを作るのに、ここまで適しているところはない。



 それなのに何故か、今の表情は渋い。

 なにか気に触るようなことを言ってしまったのかと、今までの言動を思い返すが、特にそんな表情をさせるようなことはしていないはずだ。

 それならば、どうして。


 グルグルと頭の中で考えていると、父親が言いづらそうに口を開く。


「……先程のはよくやった。その調子でな」


 たったそれだけ言い、そして俺の言葉も聞かずに別の人のところに行ってしまった。

 残された俺は、その言葉の意味を察して顔が緩む。


 たぶん先程というのは、神楽坂さんに対する振る舞いだろう。

 まさか褒められるとは思わず、素直に喜んでしまった。

 こんな顔を見られたら、御手洗に怒られる。


 慌てて顔を引きしめ、神楽坂さんを探しに会場の中を見渡した。




「……いた」


 会場の隅の方、周りに誰もおらず話すのには都合のいい状況。

 誰かに話しかけられる前にと、俺は気持ち小走りで近づいた。


「神楽坂さん」


「おや、帝さんでは無いですか。お父上とはぐれましたか?」


「いえ、違います。少し話がしたくて」


「話ですか? 構いませんけど。なにか話すことはありましたかね」


 やはり好感度が低くなっている。

 あまり話したくなさそうな様子に、俺は先程やりすぎたと反省した。


「あの先程は生意気なことを言いましたが、実は薔薇園学園への進学を真剣に考えているんです。だからお話を聞きたいと思って。駄目、ですかね?」


 ここは、自分の容姿の良さを活用するしかない。

 俺は上目遣いに首を傾げ、いたいけな姿をアピールする。

 そうすれば軽い呻き声を上げ、神楽坂さんが顔をそらす。


「んん、そうか。それなら、少しだけ話をしよう」


 俺の顔は、思っていた以上に有効なようだ。

 少し柔らかくなった態度に、こんなにも効果があるのかと驚く。

 使えるものは使っておけ精神で、俺はさらにいたいけな姿に見えるように、顔を少しだけ近づけた。


「あの、少し2人きりで話せる場所に移動しませんか」


 こう提案したのは、視線が煩わしくなったからだ。

 やはり俺も神楽坂さんも目立つから、2人でいるだけで近くにいる人の視線を集めてしまっている。

 このままだと、誰かが話しかけてきそうである。


 もう少し好感度を上げておきたいので、今は邪魔をされたくなかった。


「……ああ、いいよ。少し外に出ようか」


 特に他に意味はなかった。

 でも、なんだか目が怖くなった神楽坂さんの了承に、提案を撤回したくなったのは内緒だ。




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