58:性格の悪さには性格悪く返しましょう




 どうすることも出来ないまま、パーティの時間を迎えた。

 ただでさえ聞かされた時点で時間がなかったのだから、考える余裕は残されていなかった。


 ボイコットも考えたけど、父親と御手洗が怖いので、渋々用意をした。

 でも表情には出さなかったから、御手洗以外にはいつも通りの俺に見えていただろう。


 演技をしていた俺を笑った御手洗に関しては、本当に許さない。

 後で、大事にしているコレクションを微妙に変える所存だ。

 もしバレたとしても、嫌がらせが出来るだけで満足である。


 俺はスーツを着こなし、同じ客人に笑顔で対応をしながら、そんなことを考えていた。

 でも誰にもバレていないはずだ。

 さすがにここまで生きてきて、取り繕うための仮面は分厚くなった。


 それはもう、たまになら御手洗だって騙せるほど。

 ここまで来るのに、だいぶ馬鹿にされてきたから、騙せた時は拍手喝采、お祭り騒ぎだった。

 そして負けず嫌いの御手洗に、仕返しをされるまでがセットだ。


 そんな俺の仮面が、考え事程度で崩れるわけもない。


「まあ、一之宮家の帝さんですの? こんなに立派になって、さぞ鼻が高いことでしょう」


「いえ、そんなことはございませんよ。まだまだ若輩者なので、至らぬことが多々あります」


 今も頭の中では御手洗への復讐を考えながら、一之宮家にとって有利になる家の婦人と滞りなく会話が出来る。

 集中していないと怒られそうだけど、誰にもバレていないから別にいいだろう。


 隣にいる父親でさえ騙せているのだから、俺の演技も大したものだ。

 俺は自画自賛する。


 このままいけば、今日のパーティは滞りなく終われるかもしれない。

 そんな期待を胸に、次の人に挨拶をしに行く父親について行った俺は、そう上手くいかないことを悟った。


「どうも、一之宮さん。本日はパーティに来ていただき、ありがとうございます」


「どうも、神楽坂さん。こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます」


 やはり主催者だから、挨拶をまぬがれなかった。

 俺は笑みを貼り付けて、会話に参加する。


「はじめまして。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「おや、これはこれは。ご子息の帝君ですか?」


 存在には来た時から気がついていたはずなのに、今気がついたかのような顔をする神楽坂さんは、父親と同じぐらい年齢不詳に見える。

 確かまだ独身だったが、30代はこえているはずなのだけど。


 全くそれを感じさせない若々しさだ。

 顔ももちろん整っていて、客人の視線を集めている。

 その中には、俺と父親に向けられたものもあるが。


「なんて美しい……」


「まるで絵画のようだわ」


 婦人達の、うっとりしている声が耳に入ってくる。

 それが聞こえているだろう父親と神楽坂さんだが、全く表情を変えない。


「それにしても、帝君は随分と大人びているね。確か、今年中学生になったばかりだと思ったけど」


 やはり、事前に情報はある程度調べられているか。

 まあ、招待しているのだから、当たり前のことなのだけれど。

 でも自分のことを知られているというのは、とてつもなく嫌なものだ。


 それがどこまでというのは、うちの優秀な御手洗がいる限りは、表面的なものだけなのだろうけど。


「まだまだ俺なんて。そういえば、神楽坂さんは学園を経営なさっているんですよね」


「おや。知っているんですか? それは嬉しいなあ。薔薇園学園というのですがね。まあ、大したことないですよ」


「謙遜しないでください。優秀な方が通っていると、世間に疎い俺の耳にも入っていますから」


「ははは。そんなに褒められると照れるなあ」


 全く照れた様子もなく、さわやかに笑う姿に、俺はたぬきをイメージした。

 お世辞は聞きあきているし、褒められなくても自信に満ち溢れている感じだ。


 今までに会った中で、一二を争うぐらい面倒な気配を察知。

 これは早く話を切り上げなくてはと、俺は父親に任せて後ろに下がろうとした。


「ああ、そうだ。帝君は、進学先をどこに決めているのかな?」


「あ、はい。進学先ですか?」


 でも話しかけられてしまい、たたらを踏む。

 あまり優雅では無い動きに、父親の眉間にしわが寄ったので、俺はなんてことないように姿勢を正した。


「まだ決めかねているのですが……薔薇園学園も素晴らしいと思っています」


 今、俺の動きに対して、絶対笑った。

 本当に性格が悪いと、心の中で思いながらも笑みは崩さない。


「おや、薔薇園学園を候補に入れてくださっているのですか。それはそれは、とても光栄ですね。ですが家の学園が、帝さんに満足していただけるかどうか」


 これは言葉通りに受け止めるものじゃない。

 翻訳するとこうだ。


 一之宮家の名前で、学園の入っても実力が無かったら、すぐにふるい落とされるからな。

 簡単に入るなんて笑わせる。


 細かいところは違えど、大まかにいえばこんなところだろう。

 完全に子供だと思って馬鹿にされている。


 さすがに父親もいる手前、このままいいように言われっぱなしというわけにもいかなかった。


「そんな謙遜なさらないでください。あくまで候補の一つなのですが、他にもこういったところを考えているんですか」


 そして候補として出したのは、薔薇園学園よりも偏差値の高い学校だった。

 名前を上げていく度に、神楽坂さんの顔が微かにひきつる。


「……帝さんは、ずいぶんと優秀でいらっしゃる。ぜひとも、うちに来てもらいたいものです」


 そしてその言葉を引き出した時、俺は勝利を確信した。

 少しではあるけど、俺の能力を認めさせた。

 それだけで今日は、いい気分で帰ることが出来そうだ。


 浮かれていた俺は、理事長の中での好感度が下がったことに、全く気がついていなかった。

 やられたらやり返すの精神が悪かったのだろう。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る