60:大人はクセのある人ばかりです




 2人きりになれる場所として連れてこられたのは、中庭だった。

 噴水の周りにバラが咲き誇り、手入れが行き届いているのが、すぐに分かる。

 こういうところで、お金の差をさりげなく見せつけているのは、うちも似たようなものなので何も言えなかった。


 これまた綺麗に磨かれたベンチに座り、俺は神楽坂さんと話をする状態になる。

 少しだけと言っていたのに、腰を落ち着かせたのは疑問である。


「ここなら誰も来ないだろうし、落ち着いて話が出来るだろう?」


「ありがとうございます」


「いやいや。あんなに熱烈に求められたら、答えてあげなきゃ男が廃るからね」


 冗談なのか本気なのか返答に困る言葉に、曖昧に笑っておいた。

 こういう時は笑うのが一番無難だと、よく使ってしまっている。


「えっとですね。薔薇園学園についてなんですけど……」


 変な空気を壊すために、俺はそこから学園について当たり障りのない質問をする。

 物語の中ですでに予習済みだから、ほとんどが知っていたことだけど、せっかく教えてもらえているから真剣に聞く。


 たまに知らない情報も聞けるから、無駄な時間じゃない。

 神楽坂さんの話の上手さもあり、いつしか会話に引き込まれていた。


「ああ、思っていたよりも話に夢中になりすぎたみたいだね」


「本当だ。すみません」


 神楽坂さんの言葉に、腕時計を見ると少し時間が経っていた。

 さすがにパーティの主催者を引き止めすぎたと、俺は謝罪をする。


「いや、いいんだよ。私も久しぶりに話をして、つい楽しんでしまったからね」


「ためになる話ありがとうございます。薔薇園学園について、たくさん話をしてもらえたので参考になりました」


「そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しい」


 そろそろ誰かが探しに来そうなので、会場に戻ることにする。

 立ち上がると、何故か神楽坂さんが俺の頬に触れてきた。


「どうしましたか?」


 まつ毛でもついていたのだろうかと、そのままにしていたら、小さく笑われる。


「先程から思っていたけど、君は随分と警戒心がないね。大事に育ててもらった証拠だろうけど、そんなに無防備だと悪い大人に食べられてしまうよ」


 そして、そのまま流れるように自然な動きで、反対の頬にキスをされる。

 挨拶とかで慣れているはずだったのに、甘い空気を感じて、俺は思わず後ずさった。


「初だね。本当に、学園に来たら真っ先に標的になりそうで心配になるよ」


 くすくすと上品に笑った神楽坂さんは、ぱっと頬から手を離す。


「あはは、でも周りのナイトが守ってくれるのかな?」


 その言葉は俺にじゃなくて、俺の後ろの方を見て放たれた。

 振り向けば、すぐ近くに御手洗が立っていた。


「お坊ちゃま、旦那様がお待ちですよ」


「あ、ああ。御手洗。ごめん。ちょっと話に夢中になっちゃって」


「そうでしたか。ああ、神楽坂様。神楽坂様のことも、使用人の方が探しておりましたよ」


「教えてくれてありがとう。話に付き合わせて悪かったね。ぜひ、家の学園に来ることを楽しみにしているよ」


「はい、お話とても興味深かったです。こちらこそ付き合わせてごめんなさい」


「それじゃあ、またね。帝君」


 ウインクをというきざなしぐさも、美形がすれば様になる。

 そのまま去っていく後ろ姿を眺めながら、御手洗を横目で見た。


「父親が待っているといったのは、嘘だろ?」


「お坊ちゃまにはバレましたか。少し、やりすぎているように見えましたので」


「やりすぎた? ああ、ごめん。話すぎていたよね。わざわざ迎えに来てくれたんでしょう。ありがとうね」


 わざわざ間に入ったのは、話を終わらせるためだろう。

 終わりかけだったから、要らぬ心配ではあったが、助けに来てくれたのは嬉しかったのでお礼を言う。


 そうしたら、何故かため息を吐かれた。


「お坊ちゃまは、確かに危機感が足りませんね。高校に進学するのが心配になってきましたよ」


「えー、そんなに? 上手くやるって」


「それが出来なさそうなので、心配をしております。……私も高校についていければいいのですが」


「あはは。それは、絶対に浮くから無理でしょ。……あ、あはははは」


 いくら容姿が良くても、年齢の壁はこえられない。

 さすがに俺が高校生の時にクラスメイトになるには、無理がありすぎるだろう。


 それを指摘したら、頭を掴まれたので笑っておいた。


「お坊ちゃまは、本当に薔薇園学園に進学するおつもりですか?」


「どうしたの急に。それに今さらじゃない?」


 本当に今さらだ。

 もうここまで来たら、薔薇園学園に行く以外の選択肢は残されていない。

 それを俺と同じぐらい、御手洗も分かっているはずなのに、急にどうしたのだろうか。


「……いえ、少し、すみません」


 さらには珍しいことに取り乱し、顔をそらしてきた。


「御手洗、俺は大丈夫。大丈夫だから」


 全く根拠はなかったけど、大丈夫だと言っておいた。

 腰に手を当てて、ふんぞり返れば、気の抜けた笑い声が聞こえてくる。


「はー。そうでしたね。お坊ちゃまはそういう人でした。心配した私が間違っていました」


「よく分からないけど、馬鹿にされた気分」


「おや、馬鹿にしたつもりですが、伝わりませんでしたか」


「御手洗は、そういう奴だよ……」


 通常運転に戻ったので安心し、俺はほっと息を吐いた。



 こうして、パーティーは一応平和に終わった。

 長い時間、会場から離れていたので、父親に小言を貰うはめにはなったけど。




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