51:御手洗は笑い上戸です
「ふふ、お坊ちゃまが、ふふ。ご主人様……ふふふ」
「笑うなら、もっと笑って。いや、やっぱり笑わないで。メンタルやられているから」
「ふふふふふふ」
「笑うなって言ったよね?」
伊佐木の話をすれば笑うとは思ったけど、まさか大爆笑だとは。
傍から見ればそこまでかもしれないが、俺から見れば分かる。
これは完全に大爆笑だ。
確かにあと一歩で主従プレイは、御手洗からすれば楽しいものでしかない。
「あなたがいないと連絡があった時は、桐生院に呪いをかけようかと思いましたが……そんな面白いことになっていたのなら、構いません」
「……まさか、撮ってないよね?」
「ふふふ」
まさか違うだろうと思って聞いたけど、返ってきたのは不穏な笑い声だった。
朝陽と夕陽が言っていたように、セキュリティの面で、学校には監視カメラがついている。
でもそれ以外にも、個人的なカメラがついていそうで、いつも気が抜けない。
悪いことには使わないだろうけど、変なことをしたら絶対に笑われるのが嫌なのだ。
御手洗だったら、喜んでそれをする。
きっと体育倉庫の出来事も、後でチェックされるのだろう。
その時は、笑いすぎて死ぬんじゃないのか。
色々とあったから、御手洗を楽しませるにはピッタリのはずだ。
特に扉が開いてからのやり取りなんて、爆笑必至。
御手洗を楽しませるために、ああした訳では無いのだけど、結果的にそうなってしまった。
「御手洗でとどめるなら、勝手に見ればいいよ」
「当然です。面白いものを共有するつもりはございませんので」
「つまりは、やっぱり監視カメラはあるってことだね」
「おやおや、これは一本取られましたね」
降参のポーズをとるけど、全く悔しそうではない御手洗は、まだ笑いを引きずったまま俺に手を差し出してきた。
「何それ?」
手のひらの上には何かが乗っているのだけど、それが何か判別できない。
黒い塊。
そうとしか表現のしようがなかった。
「スタンガンです」
「え、なんて?」
「特注で、小型ですが威力はございます。そうですね。人一人ならば、簡単に気絶させられるでしょう」
「そういうことを聞いたんじゃなくて。え、ちょっと待って。そんな危ないものを、何で差し出してくるの?」
手のひらに収まるサイズなのに、威力があって技術力がすごいと、感心している場合じゃなかった。
人を気絶させられるということは、後遺症が残る可能性だってある。
そんな恐ろしいものを、簡単に出さないで欲しい。
スイッチを押さなければ大丈夫だと頭では分かっているけど、それを持つことさえも抵抗があった。
「触れるだけであれば、動きませんよ。安心してください」
「分かっているけど、なんかこういうのって怖いよね」
「お坊ちゃまはビビりですねえ。そんなお坊ちゃまに朗報です。こちらは人をセンサーで判断しておりますので、お坊ちゃまに危害を加えることはございません。ただ注意してもらいたいのは、登録した人以外が持つと電流が流れます」
「なにそれこわい。そんな危険なもの、どうして渡そうとするの」
「ただ、技術スタッフに今日のことを話しただけなのですがね。そうしたら、1時間足らずで完成させました」
「言ったら、こうなるのは分かっていたよね?」
「お坊ちゃまガチ勢……ふふふ」
「確信犯か!」
一之宮家の技術スタッフは、優秀だけどクセの強い人が多い。そして俺に対する好感度が、全員レベル上限に達している。
そんな人達に、今日の巻き込まれ体育倉庫閉じ込められ事件の話なんてしたら、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。
このスタンガンもさることながら、喜んで他にも武器になっているものを作ってしまう。
きっと、今こうしている間だって。
「今すぐ技術スタッフに、これ以上の道具を作成するのは止めるように伝えて」
「いえいえ、たまには好きなように作らせた方が、技術の向上に繋がりますから」
「事件を利用しない。でもまあ、たまには好きなことをさせてあげた方がいいのかな。それじゃあ、程々にしておくように釘を刺しておいて」
「かしこまりました。それでは、こちらはどうされますか?」
「……もらっておく。その登録? のやり方を教えて」
受け取っておかなければ、技術スタッフが泣いて使い物にならなくなってしまう。
100パーセントの好意しか無いだろうから、威力は恐ろしいけど、ありがたく受けとっておく。
俺が触れても作動しないと言っていたから、持つための抵抗は薄れた。
こんなにも小さいのに、威力はお墨付き。
絶対に使うことのないようにしないと、そう心の中で固く誓ったけど、こういうのは世間一般的にフラグというのだろう。
怪我人を出さないように気をつけよう。
「そういえば、お坊ちゃま。閉じ込めた生徒の個人情報がここにありますが、いかがいたしましょう」
「ちょっと待って。なんでもう知っているの。いつ。いつ調べさせたの。怖いんだけど」
「一之宮家を、あまり舐めないでください」
「……それ絶対に、俺が言われるセリフじゃない……」
比較的ドヤ顔で言い放った御手洗に、俺は疲れた顔で言い返す。
舐めたつもりはなかったんだけど。
確かに、ここまで早く対処するとは思っていなかった。
でもまだ一之宮家に加害者を委ねた方が、身も安全だろう。
ここで美羽達や、伊佐木に任せたら、目も当てられないことになる。
「御手洗がいいと思うように、やっておいて」
「かしこまりました。ふふ」
その笑い声に、御手洗に任せるのも、少しだけ不安になったのは事実だった。
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