50:過保護が加速しそうです
「それで? 結局のところ、帝は巻き込まれただけだったわけかな?」
「えーっと、まあ、そうですね。うん」
「体育倉庫の鍵をしめた奴らの顔は、ちゃんと見たか? 声だけでもいい」
「えーっと、見ていないかなあ……声もちょっと……」
「たっくん、遅れてるー。この学校には監視カメラがあるんだからさー」
「そうそうー。それを見れば、一発で犯人が分かるよー」
「あ、あはは、そこまでは止めてあげて」
体育倉庫から出られたはずなのに、人の壁でさっきよりも狭い。
楽しそうに笑いながら、まるで尋問のように話をする美羽達が怖すぎる。
まだ見ぬ加害者達の未来が、どんどん酷いものに進んでいくのを、俺は止められなかった。
俺に直接何かをしたわけじゃないけど、タイミングが悪すぎた。ドンマイ。
「っていうかさー」
「「それは、いつまでくっついているつもりなのー?」」
それ、といって指した先にいるのは、伊佐木だった。
押し倒している状況から抜け出したけど、何故か未だに俺の腰の辺りに抱きついている。
その力は強くて、そろそろ口から飛び出してしまいそうだ。
朝陽と夕陽はもちろん、美羽と匠も、伊佐木を睨んでいる。
その視線をものともしていない伊佐木は、勇敢にも睨み返している。
あれから、前髪をピンでとめた彼の顔は、惜しげもなく晒されていた。
初めて見るはずなのに、誰も驚いていないのが、なんだか悔しい。
「朝陽、夕陽、それって言っちゃ駄目だろ。ちゃんと名前があるんだから」
「知っているしー」
「伊佐木圭でしょー」
「知っているなら、それは失礼だろう」
「ふーんだ。それはそれだしー」
「さっさと離れてくれないかなー」
一触即発。
睨み合っている姿に、間に挟まれた俺は、手持ち無沙汰だったから伊佐木の頭を撫でた。
嫌がられるかと思ったけど、まるで猫のように目を細めてすり寄ってきたので、そのまま撫で続ける。
「「ずるーい! 何で頭撫でているのー!」」
でもそれを許さない朝陽と夕陽が、大きな声で騒ぎだす。
どんどん声が大きくなって、耳が痛くなってきたから、撫でていた手を外して耳を塞いだ。
大きな舌打ちが聞こえた気がするけど、誰がしたのかは分からなかった。
耳を塞いでいても、完全に聞こなくなるわけでは無い。
色々な声が色々なことを言っている雰囲気を感じるが、俺が入らなくても何とかなるのだろう。
表情を見ると、みんな好戦的な顔をしていてわざわざ聞く必要もないと判断した。
そのまましばらく表情だけを観察して、ひとりアテレコを脳内であてていれば、話が一段落したようだ。
美羽が近づいてくると、微笑んで手を外すようにジェスチャーしてきた。
素直に手を外すと、腰に巻きついたままだった伊佐木が、俺を恍惚の表情で見上げて口を開いた。
「……ご主人様」
「どうしてこうなった」
俺が耳を塞いでいた間に、どんな変化が起こったのだ。
からかいや冗談ではなく、本気で言っているのは目を見れば分かった。分かりたくはなかったけど。
とりあえず、まずはなんでご主人様と呼ぶようになったのか。
理由を知っているだろう4人に視線を向ければ一気にそらされた。
誰がこうしたんだ。
俺か? 俺なのか?
腰から離れる気のない伊佐木をどうにかするために、俺は慎重に話しかける。
「えーっと、伊佐木君?」
「俺のことは下僕と呼んでください」
「伊佐木君。えーっと、友達になろうと言ったはずなんだけどなあ……?」
「と、友達なんて、そんな。俺は下僕で十分です!」
「お願いだから、友達になって!」
「……ご主人様が言うのなら」
叫ぶように懇願すれば、渋々といった感じで納得した。
いや、まだご主人様と言っている時点で、納得しているわけがない。
俺は両手で、伊佐木の頬を挟み込み、顔を近づけた。
「俺のことは、帝と呼んで。それ以外で呼んでも返事しないから。いい? 俺達は友達。友達は対等な関係だろう? ご主人様でも、下僕でもない。分かったかな?」
「はい!」
ごねられるかと不安だったが、意外にもすぐに受け入れた。
主従プレイなんてごめんなので胸を撫で下ろしていれば、匠がため息と共に吐き出した言葉が聞こえてくる。
「……危機感ねえな」
それは誰に向けられた言葉だったのか、お腹に顔を押し付けてきた伊佐木の相手をするのに意識がいってしまい、深くは考えられなかった。
「帝君、帝君……えへへ」
嬉しそうに笑う伊佐木の頭を撫で、ここからどうやってチャラ男に進化するのか、少し楽しみになる。
これが性格が変わるきっかけじゃない。
もっと大きな何かが起こるはず、もしそうで無かったら、変な属性もつきそうで恐ろしい。
先程から、前に弟に感じたような、それに近い何か、メンヘラの気配が少しだけ伊佐木から感じるのだ。
今は幸せそうに笑っているからいいけど、少し行動を間違えたら、めちゃくちゃな未来が待っていそうで怖い。
これが全部気のせいで、単純に友達としてしたってくれているだけであって欲しい。
俺は頭を撫でながら、脳内イメージで進化キャンセルボタンを連打していた。
「ああ、そうだ帝君」
「ひえっ。え、えっと、何?」
メンヘラにならないようにと、気持ちを込めていたのかがバレたのかと思った。
グリグリと頭を押し付けていた伊佐木は、顔を上げて満面の笑みを浮かべた。
「帝君を閉じ込めた奴らは、ちゃんと分かっているからね。うふふ」
進化キャンセル失敗。
そんな文字が頭に浮かび、そして消えた。
まだ見ぬ生徒の未来が決まり、きっともう顔を見ることは無いだろう事実に、俺はもう一度手を合わせておく。
自業自得の部分もあるので、助けるつもりは全くなかったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます