49:躾は徹底的に行う主義です




「はい。もう一度繰り返そうか」


「は、はい」


「私は、これからたくさんの人と仲良くします」


「……わ、私は、これからたくさんの人と、な、仲良くします」


「髪型と眼鏡も、明日から変えます」


「そ、それは……」


「んー? 俺は、何て言ったかな? 言葉を繰り返して、そう言ったよね」


「は、はひ。かかか髪型と眼鏡も、あ、あし、明日から変えます」


「よし、言えて偉い。いい子だね」


 俺が怒ってから、まあまあな時間が経った。

 伊佐木のために省略するが、調教は上手くいっている。


 まだ少し反抗されるけど、少し威圧すれば、見えない耳としっぽが垂れ下がる気配がした。


 あまり強くやりすぎても、恐怖で支配するだけになってしまうので、そろそろ優しさを与えることにする。

 上手く言えたいい子に、俺は久しぶりに笑みを浮かべた。


 しょんぼりとした頭に手を置き、優しく撫でていく。

 手入れはされているのか指通りが良く、撫でるのが楽しくなった。


「……あ、あの」


 何も言わずに撫でていれば、戸惑うような声が聞こえてきた。

 伊佐木を見ると、困り顔をしながらも顔が赤い。


「ああ、ごめん。少し強く言いすぎたからね。怖かっただろう? だから、上手くできたいい子に、ご褒美をあげなくちゃ」


 いい子には、厳しくする理由はない。

 俺は弟に接するように、優しく撫で続けた。


「さっきは色々と言ってごめんね。伊佐木が頑張っているのを、俺は知っているよ」


「……う、嘘だ。俺の存在なんての知らないくせに」


「ううん。知っている。君がどれほど努力をしているのか。俺は、ちゃんと知っているよ」


 これは実際に、本当のことである。

 話しかけるタイミングを窺っていた時に、伊佐木が努力している姿を、何度も見てきた。

 俺には劣るけど、一般的に見たらその努力は並大抵のものでは無い。


「君は、誰かに認められたくて、頑張ってきたんじゃないかな? でも、誰にも認めて貰えなかった。だから、表に出さなくなってしまった」


 伊佐木の周囲も悪いし、伊佐木自身も悪い。


「認めてもらえなかったのなら、さらに強い力を見せつけるべきだった。うるさい奴らは、圧倒的な強者の前では黙るからね」


 これは俺の実話である。

 一之宮家の人間ということで、今までたくさんのやっかみを受けてきた。


 でも俺が実力を示せば、その声はどんどん聞こえなくなった。

 やはり大事なのは自信と、誰にも文句を言わせない実力だ。


 伊佐木には実力はあるだろうから、あと必要なのは自信だろう。

 俺が引き出せるか微妙なところだけど、今度いつ2人きりになれるか分からない。


 きっと、そろそろ俺のことを誰かが探し始めているだろうし、時間も残り少ないはずだ。

 やれるだけやってみるか。


 駄目で元々ということで、俺は自信をつけてあげよう作戦を実行する。


「伊佐木君は、もう少し容姿に気をつければ、絶対に格好よくなると思うんだよね」


「……へ?」


 未だに撫で続けていたせいか、俯いていた顔があげられる。

 口を開けた間抜け面に、こんな状況だからこそ笑えてしまった。


「そ、そんなこと……ない」


「あれ、もしかして自覚がない? それとも誰かに、思考をねじ曲げられた? まあ、どっちでもいいか。もう一度言うよ。伊佐木君は、君が思っているよりも魅力的で、格好いい人間だ」


 前髪と眼鏡で隠されているせいで、今は見えないけど、とても綺麗な瞳をしているのを俺は知っている。

 それを実際に見てみたくて、俺は撫でていた手をずらす。


 油断していたおかげで、眼鏡をとるのは簡単だった。

 そしてそのまま前髪を上げれば、思っていた以上に綺麗な目が見えた。


「……うん、やっぱり。君は、とても綺麗だね」


 太陽の下で見れば、もっと綺麗なはず。

 薄暗い蛍光灯の明かりのしたでも、こんなに輝いているのだから。


「もっと自信を持って、顔を上げるべきだ。俺はその綺麗な顔を、いつでも見たい」


「は、はひ」


 隠していたら宝の持ち腐れだと、その美貌を見せつけるべきだと説得すれば、顔を真っ赤にさせて頷いてくれた。

 先程までの反抗的な態度も無くなり、骨が無くなったのかと思うぐらい、ふにゃふにゃとしている。


「……顔が良すぎる」


 そして呟かれた言葉は、俺を褒めるものだった。

 どうやら作戦はうまくいったようで、少しは仲良くなる可能性が出てきた。


 俺は調教のために、あえて出していた威圧的なオーラを消して、前髪を上げていた手を下ろした。

 顔がまた見えなくなってしまって残念だけど、それはきっと見せてくれるようになるはずだ。

 俺はその期待を込めて、未だにふにゃふにゃとしている伊佐木に手を差し出した。


「改めて、俺は一之宮帝。ぜひ、伊佐木君と友達になりたい。……えーっと、駄目かな?」


 最後に少しだけ自信がなくなり、疑問形になってしまった。

 さすがに調教はやりすぎたかと、言っている途中で反省したせいだ。


 友達になりたい人に対して、することでは絶対に無い。

 反省モードに入りかけたが、手のひらに感じた柔らかい感触に、慌てて現実に戻る。


「……よ、よろしく」


 口元だけしか見えないけど、確かに笑っていた。

 俺は嬉しくなって、後先考えずに飛びついて抱きつく。

 言い訳をさせてもらうと、絶対にもっと大変だと思っていたから、こんなにも早く上手くいって嬉しかったのだ。


 後先考えずに抱きついたせいで、俺よりも体格の小さい伊佐木は構えるひまもなく、後ろに倒れてしまった。

 当然俺も一緒に倒れる。

 救いだったのは、倒れた先にマットがあったことか。


「帝! 無事でしたか!? ……は?」


 大怪我は回避できた俺達だったけど、なんともまあタイミングが悪いことに、体育倉庫の扉が開かれた。

 扉の向こう側には、焦った様子の美羽達がいて。

 俺達の姿を視界に入れると、目を見開いたまま固まった。


 そこで俺は気がつく。

 今のこの状態は、完全に押し倒している感じに見えるのを。


 これは、説明するのに時間がかかりそうだ。

 他人事のように思いながら、俺は伊佐木を守らなくてはと、口を開いた。


「……ち、違うんだ」


 声が震えてしまったのは、ご愛嬌である。




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