48:体育倉庫に2人きりって



 伊佐木が目覚めて数秒後、状況を理解した彼に叫ばれ、俺の耳は犠牲になった。

 叫んだ後は、まるで俺が何かをしたかのように、反対方向に素早く逃げ出した。


 膝枕しかしていなかったのに、そんなに逃げなくても。

 そう思ったけど、普通は膝枕もしないものだと考え直した。

 美羽達といると感覚が麻痺してしまって、適切な距離がバグっているみたいだ。


 警戒心の強い野生動物のように、隅の方で震えながら、多分睨んでいる伊佐木。


「……えーっと」


「ひいいっ!?」


 でも俺が声を出そうものなら、体を縮ませて悲鳴をあげる。

 俺が悪いのか。

 全く何もしていないのに。

 ただ、話をしたいだけなのに。


 あまりの怯えように、俺の中で何かが切れた。

 一気に怯えている伊佐木に近づき、俺は逃がすことも無く、目の前に辿り着く。


「ひいいっ!!」


 少し遅れて反応した伊佐木に対して、俺は精一杯の笑顔を見せた。


「君、確か伊佐木君だよね。俺は一之宮帝。よろしく」


「ひっ。な、なんで名前っ」


「俺に知らないことはないんだよ?」


 知らないことばかりだけど、そこは格好つけて、ミステリアスな感じにしておく。

 そうすれば顔が青ざめてしまったので、少し格好つけすぎたのかもしれない。


「……もしかして、ここに閉じ込められたのかな? 扉、開かないよね」


「ひえ……は、はい。そうみたいですね」


「伊佐木君は、先程の人達とは知り合いなのかな?」


「ひいっ……い、いえ、あの知り合いというか、えっと。クラスメイトというか」


 意地悪な聞き方をしてしまったけど、恐らくいじめられているのだろう。

 怯えながらも隠そうとしている様子に、俺のイライラゲージは更に溜まった。

 男なら、はっきりとしろ。


 今まで周りにいなかったタイプなので、余計にそう思ってしまった。

 その気持ちが顔に出たのか、顔がさらに青ざめている。


 そんなに怖い表情をしているつもりは無いのだけど、完全に怯えられているみたいだ。

 こうなったら、なかよしこよしは難しい。

 俺は大幅に軌道修正をすることにした。


 そうだ。矯正しよう。

 当初の考えなんて、どこかに追いやり俺は伊佐木の性格を矯正すると決めた。


「はっきり言おう。君は、いじめられている」


「ひっ」


 その悲鳴は恐怖か、図星を突かれたからか。

 どちらにしても、容赦をするつもりは無い。


「原因は、どう考えてもその見た目と性格だ。なぜいじめられていると分かって、あえてそれをしているのかな。俺に教えてくれないか?」


 俺の方が身長が高いおかげで、多分威圧的に見えているはずだ。

 どうして傷口をえぐるような真似をしているのかと言うと、別に俺の趣味ではなく、本音を引き出すためである。


 前々から思っていたのだけど、伊佐木はだいぶ性格がひねくれている。

 おどおどして一人でいるように見えて、実は他人を馬鹿にしているのだ。

 馬鹿な人と付き合うぐらいなら、一人でいる方がマシ。


 伊佐木の表情からは、その考えが手に取るように読めた。

 拗らせているなとは思ったけど、もう少し穏便に話をするつもりだったのだ。

 でももう、煽って本音を引き出させた方が、絶対に早い。

 俺をこうさせたのは、伊佐木本人だと、罪をなすり付けながら、さらに煽る。


「もしかして一人が一番だと思っている? ははっ。笑わせないでくれないか。一人じゃ生きていけないくせにさ」


 さすがに言いすぎたかもと反省しそうになった瞬間、伊佐木は爆発してくれた。


「う、うるさい! あんたに何が分かるんだよ!」


 顔を真っ赤にさせて叫び、俺の胸ぐらを掴んでくる。


「一之宮帝? ああ、知っているよ! あの有名な一之宮グループの跡取りで、容姿端麗、文武両道、誰にでも好かれる勝ち組だろう!」


 そして前後に揺さぶりながら、なおも叫ぶ。


「あんたはいいよな! 産まれた時から勝ち組人生! どうせこれからも、全部上手くいくんだ! 俺みたいな奴のことなんか、そこら辺の石ころどころか、存在すら認知しないで!」


 想像以上にこじらせていたし、溜め込んでいたようだ。


「何が跡取りだ! 何が長男だ! なんで、生まれた順番が少し早かっただけで、俺より劣っているくせに跡取りになれるんだよ!」


 その言葉で、何となく伊佐木がこうなった背景が分かる。

 そういえば、確か伊佐木家は三兄弟だったと聞いた。

 もしも年功序列ならば、三男である彼が跡取りになるチャンスは、限りなく低い。


 それが我慢出来ず、色々なことをもう諦めてしまったということか。

 だから目立たないように容姿を隠して、人を馬鹿にし、劣等感を抱いたりしている。


 はっきり言おう。

 なんて面倒くさい。


 少し同情に似た、可哀想なものを見る目を向けてしまう。


「あんたはいいよな! 何の努力をしなくても、幸せになれるんだろう! 俺なんて、俺なんて」


 でも、その言葉は俺にとって完全に地雷だった。


「……何の努力をしなくても、幸せになれる……?」


 俺の背景を知らないとはいえ、許せる言葉じゃない。

 心の中に少しあった慈悲が無くなり、顔から笑顔が消えた。


「あんたが、ひ、ひいっ!」


 表情の変化に気がついた伊佐木の勢いが止まり、悲鳴が上がる。

 でも俺の怒りが、止まるわけがなかった。


 俺の今までの努力を知らず、何を勝手なことを。


「……ははは。君とは少し、話し合いが必要みたいだね」


 矯正するのは止めた。

 これから始まるのは、完全な調教である。




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