52:新たに加わって、さらに騒がしくなった日常




「何で、俺だけ伊佐木なのー!?」


 その叫び声は、教室中に響いた。





 伊佐木と仲良くなってから、一緒にいることが多くなった。

 というか、毎日傍には伊佐木がいた。

 美羽達もいたけど、特にべったりくっついてきた。


 それが嫌だったわけでは無い。

 最初は距離感が近いと遠ざけようともしたけど、あまりにも悲しそうな顔をするから、ほだされたのだ。


 なんと言えばいいのか、同い年なはずなのに、幼く見える。

 昔の素直だった頃の弟に似ていて、甘やかしてあげたくなるのだ。


 だから俺としては優しくしていたはずなのだけど、伊佐木にはそれだけでは気に入らなかったらしい。

 モヤモヤとした気持ちをためこんで、そして大爆発を起こした。


 教室で叫んで、そして俺が何かを言う間もなく、飛び出してしまった。

 残された俺はというと、とりあえず一緒に聞いていた匠の方を見る。


「えーっと……」


「まあ、叫んだ通りだろうな」


 叫んだとおりというのは、伊佐木のことを未だに名前で呼んでいないことだろうか。

 確かに俺は、あえて名字で呼んでいた。

 それは何でかと言われると、俺もはっきりと説明出来なかった。


 何故か名前を呼ぼうとすると、口が回らなくなってしまう。

 体が拒否反応を起こしているのだ。

 その理由が分からないからこそ、どうすることも出来ずにいた。


 それが、伊佐木には我慢ならなかったわけだ。


「たしかに、あからさますぎたよね……」


「まあな。何かしらの理由があるんだろうけど、向こうは向こうで溜め込んでいたから。あー、まあ、頑張れ」


「うん、頑張る。なんか、匠が教室を飛び出した時のことを思い出すね」


「……その話は止めてくれ。黒歴史だ」


「あはは。みんな黒歴史があるね」


 嫌そうな顔をするけど、別にからかうために話題に出したわけじゃない。

 本当に懐かしいと思ったのだ。


「でも、あの出来事があって、こうして仲良くしているんだからさ。そんな否定しないでよ」


「あー、分かったよ。黒歴史とは言わない。……伊佐木は、あの時の素直になれなかった俺のような感じだから、帝なら何とかしてやれる。次はホームルームだから、桐生院先生には説明しておく。安心して行ってこい」


「ありがとう。任せておいて、ちょっと行ってくる」


 小学生の時と合わせると、何度も授業を抜け出しているけど、ホームルームならなんとかなるだろう。

 本当は駄目なことだが、こういうのは早く対処しておかないと、どんどんこじれるだけだ。


 今までの経験上、それが分かったので、俺は匠に頼むと教室から出た。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 匠の時は屋上だったけど、そこに伊佐木の姿は無かった。

 こんなところで、個性を発揮しないで欲しい。


「……となると、あと一人になれる場所は」


 でも所詮は学校の中だ。

 隠れられる場所なんて、限られている。

 俺は頭の中で候補を数個出し、その中から一番近い場所へと向かった。




「マジか……いない」


 格好よく決めたはずが、まだ伊佐木は見つかっていない。


 あれから思いつく限り探しているのに、そのどこにもいなかったのだ。

 これには余裕を見せていた俺も、さすがに焦る。


 今は裏庭を探している途中なのだけど、どこにもいないのだ。


「……一体、どこに行ったんだろう?」


 ここが駄目だった場合、次にどこを探すのか

 全く考えていなかった。

 俺は隅々まで見るが、伊佐木の姿は無い。


「……どうしよう」


 匠にも任せておけなんて言った手前、伊佐木を見つけられないまま帰れなかった。


「どこに隠れているんだよ」


 俺は上手くいかない苛立ちから、頭をかきむしり、しゃがみ込む。

 こんなことをして伊佐木が見つかるわけもないのに、分かっているけど今は動きたくなかった。


「……なんか疲れた」


 そのまま体勢を体育座りに変えて、顔を伏せる。

 探すのを諦めたわけじゃないけど、少し休憩したかった。



「……あれれー? サボり発見! こんな所で何をしているの?」


 裏庭だし授業中だから、誰にもバレないはずだった。

 それなのに呑気な声が聞こえてきて、ゆっくりと気配が近づく。


 先生じゃない。

 かといって、生徒にしては声が幼かった。


 確認したかったのだけど顔を上げる元気すらなく、俺はその体勢で答える。


「人を探している」


「探しているようには見えないけど」


「休憩中」


「そっか」


 隣に座った誰かは、俺の方を見ているようで視線を感じた。

 それでも俺は、頑なに顔を上げなかった。


「そんなに探して見つからないなら、諦めた方がいいんじゃない?」


「それは……諦めたくない」


「ふーん、そう。そういえば何で探しているの? 喧嘩でもした?」


「喧嘩というか、俺が悪いんだ」


 一連の流れを説明すると、隣の誰かは呆れたように言い放った。


「何それ。ただの子供の癇癪じゃん。別に探さなくても良くない?」


「でも」


「全然あなたは悪くないし。放っておいた方が良いよ。どうせ反省して、そのうち出てくるだろうし」


 大分バッサリとした言い方に、俺は見えないのをいいことに笑ってしまう。

 その考えは一瞬胸をよぎったのだが、探すのを止めようとは思わなかった。


「……友達だから、探したい。ちゃんと話をしたい」


「ふーん、そう」


 俺の答えはお気に召さなかったのか、興味をなくしたのか、隣の存在は立ち上がった。


「あー、そういえばさっき、体育倉庫のところで誰かを見た気がする。誰だか知らないけど」


 そして、そう言い残して去ってしまう。

 俺が顔を上げた時には、その姿は影も形も無かった。


「なんか聞いたことのある声だったな。しかも最近」


 それが誰なのかは思い出せなかったが、考えるより伊佐木が先だと、俺は立ち上がり体育倉庫に行く。

 俺の中では、誰かが嘘をついたとは、全く思っていなかった。

 何故か、誰だかも知らないのに信用していた。






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