46:いつものメンツと顔合わせして



「あー、今日からお前達の担任になる桐生院だ。面倒なことは起こすなよ。といっても、小学校からの持ち上がりが多いから、分かっているよな。俺に面倒かけたら、どうなるか」


「先生、脅迫は止めてください」


 桐生院先生は、相変わらずだった。

 その発言に慣れている俺達はいいけど、初めての人達は戸惑っている。

 さすがにイメージを落としたままだと、これからの生活に支障がありそうなので、俺はフォローに回ることにした。


「桐生院先生。俺、本当は知っていますから。先生が、生徒思いの優しい人だっていうこと」


「そうか? 帝が言うのなら、頑張らなきゃな。しょうがないから、少しぐらいなら相談を聞く。ただ、くだらないものだったら、その時は覚悟しておけよ」


「もうちょっと、優しくいえばいいのに。まあ、いいか。みんな相談したいことがあったら、遠慮なくしに行っていいからね。一人じゃ不安だったら、俺もついていくから」


 フォローできたのか微妙なところだったけど、大体の人が頷いてくれたから、よしとしておこう。


「帝なら、どんな相談でも聞くから。いつでも来いよ。相談じゃなくても、遊びに来るだけでもいいからな」


「先生、えこひいきは止めましょうか。そういうことばかり言っていたら、尊敬しているのに嫌いになるよ」


「分かった分かった。嫌いになるなんて、そんな寂しいことは言わないでくれ。それじゃあ、これからよろしくな」


 せっかくフォローしたのに、台無しになるようなことを言おうとするので、釘を刺すのも忘れない。

 未だに俺を好きでいてくれるから言うことを聞いてくれるけど、いつまで大丈夫なのだろうか。


 ちょっとだけ感傷に浸りそうになったので、俺は首を振って考えを打ち消した。


「というか、帝の周りは変わらないな。今年も、見覚えのある顔ばかりじゃねえか。いいんだぞ。帝のことは俺が守るから、そろそろ違うクラスになっても」


「先生こそ、小学校に残られた方が良かったのではないですか?」


「そうだそうだー」


「ずっと担任だから、そろそろ顔が見飽きた」


「そうだそうだー」


 実は、桐生院先生がショタコンだということを、美羽達は知っている。

 きっかけがあったわけじゃなくて、言動からなんとなく感じ取ってしまった。

 だからといって、桐生院先生をやめさせようとすることは無かったので、バレたのを知ってしまった時は心の底から安心した。


 他の生徒に言いふらしたりもしていないから、今のところ知っているのは俺達五人だけである。

 桐生院先生本人はバレても焦っていない。

 言いふらしたりしても、たぶん怒らないだろう。


 もしもバレても、困らないぐらいの地位にいると言っていた。

 どのぐらいの地位なのかは、あえて聞かなかった。



 秘密を共有しているからか、軽口を叩くこともあるが、これでも桐生院先生のことは本当に尊敬している。

 今まで担任として一緒にいた中で、引くような場面は何度かあった。

 でもそれ以上に、頼もしい姿を見てきたのだ。


 なんだかんだと言っても、頼りになる大人。

 それが、俺の中での桐生院先生だった。

 きっと美羽達も同じ気持ちだと思う。確認したことは無いけど。




 今日は簡単に自己紹介を終えて、早めの解散となった。

 緩いかと思われそうだけど、明日からはみっちりと授業が始まる。

 高校、場合によっては大学生レベル。

 それについていけなければ、即クラスのレベルを落とされる。


 中学生だからといって、甘くしてもらえるような場所ではない。

 家での勉強が、ありがたいと思えるぐらいに、ハードなものになるはずだ。

 でも勉強は嫌いじゃないし、これから先どう役に立つのか分からないから、真面目に授業は受けようと思う。

 テストも1位以外は認められていないので、全てを完璧に頑張るつもりだ。


 そこに関しては、桐生院先生も公平だから、実力で1位をもぎ取るしかない。

 元々ズルをする気はなかったけど。



 勉強は大変かもしれない。

 でもそれ以上に、たくさんの楽しい思い出をみんなで作りたい。

 せっかく同じ学校で同じクラスになったのだから、楽しまなければ損だろう。


 修学旅行や学園祭、体育祭だってある。

 そのどれもを、一生の思い出にしたい。

 俺の心からの願いだった。





 学校が終わり、御手洗の待つ車のところへと行くと、後ろの席にシルエットが見えた。


「うげ……帰ってなかったの」


 シルエットクイズ。

 後ろの席に乗っているのは、誰でしょう?

 チッチッチッ

 正解は……父親でした。


 脳内で1人シルエットクイズを開催しながら、俺は機械的に足を進める。

 くだらないことでも考えていないと、止まりたくなる。


 入学式が終わって時間が経っているのに父親がまだいるということは、何か話をするために待っていたわけだ。

 楽しい話をするとは思えない。


 入学式では気を抜かずに顔を作っていたし、新入生の挨拶もみんなに褒められたし、怒られるようなドジを踏んでないはずなのだけど。

 何が父親を怒らせる行動なのか、全てを把握しているわけではないから、自信はなかった。


 いつもよりは遅く歩いても、進んでいる限りはたどり着く。


「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」


 運転席から御手洗が降りてきて、車の扉を開けてくれる。

 普段と同じ行動だけど、今はありがたくなかった。


「……ありがとう」


 でもちゃんとお礼を言って、中へと乗り込む。


「遅かったな……誰かと、くだらない話でもしていたのか」


「すみません、お父様」


 入ってすぐに言われた言葉は、やはり厳しいものだった。


「お前も、もう中学生になったのだから、自覚を持って行動しろ。分かったか?」


「はい」


 そして家に帰るまでの間、今日の俺の一挙一動全てに関して、ネチネチネチネチと小言を言われた。

 言われることは分かっていたけど、すっかり落ち込んだ俺に、さすがの御手洗も終わったあとは、優しくしてくれるほどだった。




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